長谷正人・奥村隆編『コミュニケーションの社会学』

SOLITUDE

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 社会学的な社会心理学の好著がまた出版された。著者一同ということでいただいた。ありがとうございました。社会学的な社会心理学・・・という理解は、ちょっと底の浅い理解で、コミュニケーション論の好著というべきところかもしれない。目次を見ると概論のようにも思えてくる。Do!とセットで、などという興味もわいてくる。
根底にある問いかけが「社会とは何か」であるとするならばなおさらであり、そこに新しい答えを探究するというのだから、意欲作というのもうなずける。執筆者も、それぞれに社会理論と格闘してこられた人々であり、また読者として常に次回作をチェックしてきたような人々が多く、読み込むのが楽しみである。太田さんのお名前を発見して、うれしい気持ちになった。
今年は、国際社会学科になったので、社会心理と文化だけではなく、グローバル化も・・・などとゼミの方針をたてたが、こちらも使ってみたくなった。『自己と他者の社会学』ではなく、こちらを使うことも考えられる。多岐にわたる内容をグイっと串刺しにし、それぞれの章がコクのある読み物になっている。コクがある、という表現は、太田さんが『社会学のエッセンス』が出た時、使っていた言葉だ。コンパクトだが、コクがある。そういう風にいうものか、と思った。
道具立てが本格的なので、使える概念ツールがどうのこうのということからすると、ちょっと学生には難しいとも思うが、瑣末な与太話やギョーカイずれしたようなチャラネタは許さん、という観点からすれば、本格的に考えさせるのもかなりありなのではないかと思い始めた。

コミュニケーションの社会学 (有斐閣アルマ)

コミュニケーションの社会学 (有斐閣アルマ)

内容

 遊び,笑い,喧嘩,恋愛など,従来の社会学やコミュニケーション論が十分に記述してこなかった相互行為の文化的豊かさを,さまざまな人間模様を描く事例から浮かび上がらせる,新しい社会学のテキスト。「社会とは何か」という問いへの新たな答えを探求する意欲作。

目次

第1部 コミュニケーションの社会学とはなにか
 第1章 コミュニケーションと社会学=長谷正人
 第2章 Aくんへのレッスン(1)対話と遊戯としてのコミュニケーション=奥村隆
 第3章 Aくんへのレッスン(2)パラドックスと接続としてのコミュニケーション=奥村隆
 第4章 単独性とコミュニケーション=長谷正人
第2部 コミュニケーションの社会学になにができるか
<対話としてのコミュニケーション>
 第5章 対話というコミュニケーション=井上俊
 第6章 権力というコミュニケーション=大貫恵佳
 第7章 メディアというコミュニケーション=長谷正人
<遊戯としてのコミュニケーション>
 第8章 遊びと笑いというコミュニケーション=太田省一
 第9章 恋愛というコミュニケーション=菅野仁
 第10章 友愛というコミュニケーション=小倉敏彦
<非対称のコミュニケーション>
 第11章 家族というコミュニケーション=和泉広恵
 第12章 教育というコミュニケーション=奥村隆
 第13章 ケアというコミュニケーション=藤村正之
<フラット化するコミュニケーション>
 第14章 フラット化するコミュニケーション−−いじめ問題の考現学土井隆義
 第15章 暴力と悪というコミュニケーション=森真一
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641123922

 本格的ということからすると、別の方向性もある。最近、労働、階級、貧困といった観点から、批判的に社会をとらえようとする人々と話し、著作をいろいろ読んだりしている。学生時代はそんなものばかりを読んでいて、しかしこれはホントの社会学じゃないよな、などと思っていた。で、いろいろ社会学なるものと付き合ってきて、もう一度冷静に考えてみると、社会学的な体系性や、端正さをかなぐり捨てて、社会を批判するっていうほうは、どうしたらいいのだろう、と頭を抱える。若い人にも読者の多い中西新太郎さんあたりが、ここらへんで標準的なテキストをまとめておいてほしいような気もするのであった。