先週吉野浩司さんからご著書をいただいた。副題にソローキンの統合思想の研究、とある。アメリカ社会科学に関する貴重な研究である。吉野さんとは、しゅ〜矢澤先生の退官企画プロジェクトYで知遇を得た。アメリカ社会科学を専攻しているということで送っていただいたのだと思うが、言っていただければ買ったわけで、恐縮するとともに、申し訳ないと思った。本当にありがとうございました。
吉野さんはともかく、おまいはアメリカ社会科学の専門家だったのか??というかたも多いのだろうと思うが、アテクシはそっちが専門なのである。若者論だとか、サブカルチャーだとかいったものは、岡山時代に学生といっしょに遊んだり、話をしたりという時間が尋常じゃなく多く、また誰彼なくメシおごったり、カラオケしたり、いろいろしたことで、それなりに学生のことがわかった気になって、モトをとるために始めたみたいなところがあるのだ。
で、ご著書だが、めくってみてまず気づくのは、至る所にソローキンゆかりの写真がちりばめてあるということである。何々図書館のサラカン文庫だとかなんだとか、類書にあるように、特にあとがき他で特筆されてはいないが、学史的な研鑽を積んだ上での著作であることが、拝察された。
- 作者: 吉野浩司
- 出版社/メーカー: 昭和堂
- 発売日: 2009/06
- メディア: 単行本
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内容
ハーバード大学社会学部創設者であるソローキンは、都市、文化、社会学理論など著作は社会学全般に及ぶ広範な研究で知られる。投獄・ロシア革命・亡命と激しい時代の変化の中で、彼の人間を見つめる目は総合的な社会理論を構築していった。本書はこれまでその全貌を語られることのなかった彼の体系性を浮き彫りにする。
サラカンというと、なんとなく神秘主義というか、というよりオカルトチックなところもあり、基礎集団と派生集団と関わる重要な対比的概念を提起した社会学者であり、またアメリカ社会学への貢献が顕著であるにしても、どこか尻込みしてしまう社会学者であることは否定できない。しかし、ロシア時代のソロカンに照準を定め、そこからこの社会学者に迫ることで、興味深い論が展開されているように思う。
私は、高山宏が、あるいはロシアフォルマリズムの研究動向について、あるいはマクルーハンの研究動向について、論じていたことを思い出しながら、本をめくった。カトリシズムであるとか、オカルトであるとか、そういうことを避けて、残りカスとしての使える部分を取り出すような研究が出てきているけど、それじゃあ、20世紀のメディア、文学のコンテクストがビシッと見えてこない、ってことだと、私は解釈しているんだが、それと比べると、サラカンの超越的なものへの統合主義的な論究というのも、含蓄深く思えてくる。
吉野さんにはおそらく、利他心や友愛への志向、というかなんとなく善意な部分が一定あるんだろうとは思う。しかし、あとがきには「増大する人間の欲望と、その人間がこれからの生存してゆくために必要とされる資源の確保という二つの要素に、いかなる折り合いをつけてゆくのか」という問題が、サラカンを今日勉強する意義として明示されている。魔術から解放されれば、自由になる面もあれば、不自由になる面もある。魔術に憑依すると自由になる面もあるが、不自由になる面もある。その折り合いの一つとして眼前に広がっている一つの統合を、ひとつの20世紀の思想的コンテクストとして眺めること。このロシア思想をベースとする一つの視点は、鉱脈として非常に魅力的なものがあるように思った。
最後の章に、パーソンズが採りあげられているのも意味深である。共通価値やテリックシステムなどの問題への論究は、筋金入りのカチンコチン統合主義者ぢゃね?みたいに思わせるに十分なものがあるし、吉野さんの執筆意欲も、トインビーや、シュバイツァーなどとも連動しながら、ウルウルジュワンな部分もあるのかもしれないとは思う。しかし、吉野さんは「折り合い」という視点を提起しているのであり、利己的欲望の契機をサラカンのなかにどう読み込んでいくかという側面は留保されたポテンシャルであるとも考えられるように思う。
ミルズは、パーソンズの抽象体系における公衆の喪失を苛烈に批判した。パーソンズは、ミルズの批判にだけは禿げしく反論した。そして、意外なまでに篤実に批判を受けとめたかに見えるような論理をそのあとでくみ上げている。権力論しかり、歴史進化論しかり。そして、公衆の問題についても、シンボリックメディア論の影響力論などで議論されているんじゃないかと、私は思っている。
吉野さんが論じ残された問題は、非常に興味深い思想史的なコンテクストをくっきりと浮き立たせるのではないだろうか。とまあ、妄想がむくむくわくような、刺激的な読書の時間を持たせていただいた。ありがとうございました。また、最初の著作の公刊をお慶び申し上げます。