佐藤優『交渉術』

 別に今さら交渉ごとや対人関係などの達人になろうなどとはさらさら思わないのだが、ビジネスや政治のテクニック本だとか、外交や諜報のやりとりの記録だとか、フォーサイスなどの小説だとか、あるいはまたは恋愛や友人関係のノウハウ本、自己啓発本などは、ちょっとくたびれたときになどに読むのに、最適な本じゃないかと思っている。面白い知恵は、実際使わうことはまずないけど、話のネタにはなる。読んで、楽しんで、一度すっかり忘れる。必要なときに、フッと頭にあるフレーズがよぎることがある。これは、英作文で短文を読むのと同じことだと思う。
 この本は、ラスプーチンなどといわれた魔人(最近高山宏を熟読している私としてはけっして悪いイメージではなく魔人というわけだが)外交官が、交渉相手を、アンドレ・ザ・ジャイアントだの、猿の惑星だの、あだ名をつけたりしながら、つまりは、現場のやりとりなどを、臨場感あふるる筆致で描き出す。面白いので一気に読み通し、あやうく駅で降り損なうところだった。

交渉術

交渉術

[要旨]
交渉を通じて、官僚としての佐藤優を再検証する。外交官として、官僚として、交渉の最前線で闘ったスリリングなメモワール、かつ実用書。
[目次]
神をも論破する説得の技法;本当に怖いセックスの罠;私が体験したハニートラップ;酒は人間の本性を暴く;賢いワイロの渡し方;外務省・松尾事件の真相;私が誘われた国際経済犯罪;上司と部下の危険な関係;「恥を棄てる」サバイバルの極意;「加藤の乱」で知るトップの孤独;リーダーの本気を見極める;小渕VSプーチンの真剣勝負;意地悪も人心掌握術;総理の女性スキャンダル;エリツィンの五段階解決論;米原万里さんの仕掛け;交渉の失敗から学ぶには
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032195921&Action_id=121&Sza_id=A0

それとなく聞いて答えなかったら、あ、そ、しらねぇの、じゃあしょうがねぇや、みたいにゆうと、相手が俄然情報提供することが3割程度あるとか、賄賂渡す場合定期的に停学を渡すんじゃなく、どんとやったり、何もやらなかったりするといいとか、相手を酒でへべれけにする方法とか、信用できない裏切るかもしれない相手と約束するにはどうするかとか、トリビアの泉のへぇボタン叩きまくりの、面白いネタがたくさん書いてあった。
 また、最初のほうに書いてあった、進化論、フロイト主義、マルクスなどについての著者の「読み」のなかみや姿勢からは、ほぉおおお、みたいな社会学史、心理学史の理解を深めてくれるような洞察を感じることができた。
 神学を学んだ人だけに、そっち方面の教養はすごいんだろうと思うが、聖書などを引きながら、外交現場の話をしており、そしてその洞察はほよぉおお、みたいなところが多々あった。最近私は、カトリシズムなどとの関連でメディア論などの問題を論じているとも読める、バーバラ・M・スタフォードの著作などを読んでいることもあり、なかなか興味深いところも多い。また、およそ実用知とは思えない宗教知が、インテリジェンスという現場の話と結びつけられ、宗教的な営みに交渉術の本源を見出すような議論は、味読に値すると思う。

アートフル・サイエンス―啓蒙時代の娯楽と凋落する視覚教育

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 現場の知というものには、いつも圧倒されるばかりだ。しかし、かなり実学的な書物、実用的な書物、現場の記録などを数多く読んでいると、あまり役にたちそうもないようなアカデミックな学問がなし得る貢献のようなものも見えてくるような気がした。もう少し、現場の人たちと積極的に交流すべきなのかもしれないと思った。私のようなあまり役にたちそうもないのが、相手にしてもらえるとも、思わないのだが。