『過去を忘れない―語り継ぐ経験の社会学』

 年内の残務処理に負われている。郵便受けにも書類がたまるばかりだが、今日久しぶりに見てみたら、本が2冊届いていた。一冊は、ライフストーリー・ナラティブの研究成果で、一線級の執筆陣がならんでいる。どなたが?と思ってよく見たら、しおりに有薗真代と署名されていた。
 以前ube_fro大学の花野裕康さんの主唱する研究会で報告を拝聴した。そのときのご報告は、ハンセン病施設のバンドについての報告で、録音テープなども交えながら、ハンセン病施設で「生活すること」について描かれていて、共感を覚えた。人々の生を見据える眼がドスがきいている、と同時に独特の柔らかみがあって、並々ならないものを感じた。
 その際、「マイナリティのマイナリティ」という知見を紹介され、少数者がさらなる少数者を生み出すという一種の異化の動態を洞察されるような論を展開されたのが鮮明な記憶となって残った。昨年11月に出版した共著書を出すときに、このことを思いだし、連絡をして論文化されていないのか伺ったら、博士課程に進むときに提出した論文ということで、取り寄せて、引用させていただいた経緯がある。それで献本したわけだが、その返礼ということなのか、本をいただいた。申し訳ないかぎりである。
 その後学会でも重要な若手として認知され、活躍されている様子は拝見してきた。学会誌に投稿した論文でも、ハンセン病施設の調査結果が述べられていた。そちらで、施設内の賭博に注目していたのは、さすがに驚いた。肉体労働のたこ部屋などには、ばくちがないと生きられない人がいる、というようなことは、ビートたけし他いろいろな人が指摘している。この研究者は、サブカルチャーを旗印に私がやりたくてできなかったような研究を、まったく思いもよらない方法と視点と完成度で発表されていく方だとそのとき思った。しかもニッチではなく、ど真ん中の研究者として成果を発表されている。

過去を忘れない―語り継ぐ経験の社会学

過去を忘れない―語り継ぐ経験の社会学

内容

 本書は、日系米国人の強制収容所経験から始まり、原爆の被爆体験、ハンセン病回復者の経験、アイヌの被差別経験、部落差別の経験、不登校ユニークフェイスのセルフヘルプグループでの経験、そして薬害HIV事件の経験と多岐にわたっている。これらの経験を通底するものは、支配的物語に回収されない、多様なライフストーリー・ナラティブなのである。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4796702865.html

目次

内容一覧


序 語り継ぐとは 桜井 厚


I 歴史的出来事の体験
 01 ミニドカを語り継ぐ――日系アメリカ人のインターンメント経験とジェネラティヴィティ 小林多寿子
 02 原爆の記憶を継承する――長崎における「語り部」運動から 高山 真
 03 ある医師にとっての「薬害HIV」――「弱み」を「語り」「聞き取る」 南山浩二
 04 「薬害HIV」問題のマスター・ナラティブとユニークな物語 山田富秋
   コラム 戦争の実相を語り継ごうとする者たち――戦場体験放映保存の会の試み 八木良広
   コラム 〈沖縄戦〉を語り継ぐ――平和ガイドという試み 齋藤雅哉


II 苦悩と危機の人生経験
 05 「生活者」としての経験の力――国立ハンセン病療養所における日常的実践とその記憶 有薗真代
 06 記憶の保存としてのハンセン病資料館――存在証明の場から歴史検証の場へ 青山陽子
 07 死の臨床における世代継承性の問題――ある在宅がん患者のライフストーリー 田代志門
 08 日常生活を導くナラティブ・コミュニティのルール――顔にあざのある娘を持つ母親のストーリー 西倉実季
 09 居場所をめぐる父親たちの苦悩と自己変容――不登校の子どもの親の会から 加藤敦也
   コラム マンハイムの世代論と「語り継ぐこと」 片桐雅隆


III マイノリティ当事者/非当事者の経験
 10 アイヌの若者たちの語りに接して――聴き手の衝撃と認識の変化 仲 真人
 11 被差別を語り継ぐ困難――「部落」というカテゴリーの変容 桜井 厚
   コラム ウェブサイト「川崎在日コリアン生活文化資料館」 橋本みゆき


 あとがき 山田富秋・藤井 泰
http://www.serica.co.jp/286.htm

 あとがきにもあるが、今回の著作では、「生活の場」としてのハンセン病施設をとらえようとしている点では変わりはないが、「仕事」という面に焦点を当てて、論が展開されている。これから論文形式でいろいろ書かれるのか、それとも単著を出されるのかわからないが、学ばせていただきたいと思った。
 他の論考は、余韻を味わいながらめくった。流行の学説が入れ替わり立ち替わり・・・という体裁ではなく、非常に読みやすい論考がならんでいる。副題にある「経験」という文言にも注目しながら、いろいろ考察してゆきたいと考えている。貴重な本をありがとうございました。