泣ける社会学

 いよいよ卒論も大詰めである。油断なく全員が提出するようにしないといかん。同時にゼミの募集期間だ。自分のゼミがどうのこうの言うよりも、みんな満足度の高いゼミが選択できるとイイと思う。やはりその先生が書いたものくらいは、ネットで調べて図書館で読んでみる必要があるんじゃないだろうか。それをすることで、先生たちの学風はわかるし、また書いているものと授業を比較すれば、より選択が立体的にできると思うのだ。私は日本民衆史と、社会調査論と、社会思想と、社会哲学でゼミを迷い、その先生たちの著作を一通り読んで、一番厳しいと言われたゼミにした。ゼミくらいは厳しい方がいいと思ったから。他は十人以上いたのに、選択したゼミは4人だった。
 宮台真司の『14歳からの社会学』を読んで、面白いと思ったので、いくつかの授業でこの本のことを話した。妙に「千の風になって」のところと、親御さんとのことを書いたところなどが、たとえば「さすがの漏れも『あらさー』のアリカワには負けるぜ」みたいなことをしゃらっとゆってしまっていたころとはまったく違い、なんかジツにしみるものがあった。浪花節的な感性のアテクシでも読んでもいいのかも知れないなどと思いつつ、イマイチ自身はなかったのだが、一応来年のゼミで読もうかと思っているリストに入れて発表した。
 だけどなんとも自信がなかったんだが、みくしをみていたら、まいみくの山羊大のTさんが日記で面白いと書いていて、「というか、なんだか泣けました。イヤ、ホントに」と書いてあり、禿げしく同意だった。要するになんというか、今どきのことばで言えば、「泣ける社会学」ということになる。同じこと考えている人がいるかと思ってググったら、自分で書いたショーもないエントリーがヒットして、萎え萎えだった。
 でもって、ブログとか、アマゾンとか見てみたら、なかなかの紹介文が載っている。「この本は、社会学の入門書の体裁を取ってはいるけれども、 絶望しつつも愛して止まない「人」と「社会」への、何よりそんな「人」と「社会」を生んだ(含めた)「世界」への、宮台先生による究極の愛の告白本だと思う。今の日本社会で、このような本に出会えることのできる14才は、内容を全て理解できるかどうかは別として、とてもラッキーで幸福なことだ。そして、うらやましく思う。」告白かどうかはわかんないけど、少年犯罪とかの報道を見て「なんかわからんがもしかすると自分もなんかやってしまいそう」みたいなふうに思っている人たちが読んでみると、それなりに意味があるように諄諄とものが書かれている。でもって考えているうちに、「承認」だとか「関係」だとかゆうことばが、しみわたってきて、勉強になると同時に、「生きる意味」みたいなことが、明晰に伝わってくる感じがする。さすがにオヤジ年齢には、もっとグニグニ屈折したみたいな物言いのほうが、ストンと落ちる部分もないではないが、若い人にはダガーナイフどころじゃない手応えで、ストンと落ちる部分があるんじゃないだろうか。
 でもってもうひとつレビューを。「誰もがぶつかる問題をやさしく説き起こし、かつそれを現代という、不可視の時代から解説してくれている。 嫌味がなく、しかも説得力があるのは、宮台さん自身の経験がすなおに語られ、「こんなスゴイ人でも、同じように悩んだんだ」というのが身近に分かるからだろう。つまり、地に着いた思想というものではないだろうか。 以前の宮台さんは、小理屈をこね回しているというイメージだったが、変わったのはやはり、子どもができたことではないだろうか。一皮剥けたんだろう、と生意気ながら思うのだが、決して止まることのない意識、これこそ思想家の本懐だと考える。」基本的には同意なんだが、以前も理屈は言っていたが、こね回したりしていたわけではないだろ。もっとシュタッとしていたと思うけど。子どもができて一皮剥けるかなぁ。うーん。爆。まあただ、このレビューを読んでもふたたびアリカワのアラサーを思い出してしまうアテクシは馬路逝ってよしだと思います。