張江洋直・大谷栄一編『ソシオロジカル・スタディーズ』

 月曜は1時間目から講義である。一年ゼミ。授業から戻ると、郵便受けに張江さんから本が届いていた。前に報告書をいただいたお礼に献本したわけだが、またもや気を遣っていただいたことは明かで申し訳なく思う。ありがとうございました。
 共著書の場合、たとえ請求者じゃなくてもw、代金は請求されるわけで、たぶん編者が全部印税分献本しているわけではないだろうから、申し訳ないと思う。日記を読むと特にそう思う。私にできることは、授業で推薦したり、複数の図書館などで購入請求するということなどである。なんかさ、学術書の場合互助会でもつくって公立図書館購入希望ネットワークでもつくったらどうかと思うけど、やはり市民図書館ということからすると性格の違うところまで絨緞爆撃かけるのは、ちょっとアレだろう。ただ、武蔵野、杉並、横浜、都立中央などは十分ありだと思う。

『ソシオロジカル・スタディーズ─現代日本社会を分析する』目次

序章 社会学は変化する現代社会を分析するためのツールである(張江洋直・大谷栄一)
第1部 社会の成り立ちと「現代社会」の系譜
第1章 社会秩序が成立する機制
 ―実在から構成へ、そして (張江洋直)
第2章 「現代社会」はどのような社会か?
 ―現代社会論の系譜をたどる (大谷栄一)
第2部 変容する現代社会のかたち
第3章 自己を社会学的にみる
 ―固体的自己から流体的自己へ (浅野智彦
第4章 結婚すると「幸せ」になれますか?
 ―ロマンチック・ラブイデオロギーの普及とその後 (田中俊之)
第5章 変わる家族のゆくえ
 ―家族のなかの個人から個人化する家族へ (苫米地伸)
第6章 学校の役割は終わったか?
 ―大衆教育社会から階層社会へ (山田雅彦)
第7章 働くことの意味と〈仕事〉の信憑
 ―働き方の変化の基底にあるもの (井出裕久・張江洋直)
第8章 ジェンダーの制約は乗り越えられるのか?
 ―現代の性別役割分業の成立と変容 (木脇奈智子)
第9章 社会福祉にみる新たな公共性
 ―福祉国家から公共的な福祉社会へ (魁生由美子)
第10章 インターネット空間は新しい社会的世界か?
 ―「スイッチ」という社会的装置の希薄化 (佐々木えりか)
第11章 社会に拡がるスピリチュアリティ文化
 ―対抗文化から主流文化へ (伊藤雅之)
第12章 グローバル化と資本のフレキシビリティ
 ―見えない〈今-ここ〉の遍在化 (角田幹夫)
第13章 ノンフィクション作品からみた社会的リアリティ
 ―追体験から想像力へ (武井順介)

 ご著作はテキストには最近珍しい縦書きで、著者たちのこだわりがみえる。簡明に総論を提示したあと各論という構成だが、総論の論述には貼り絵さんの学問的貢献の主張が込められていたりする。最近は、ギデンズの影響もあってか、かなりかみ砕いた実例論述がならんでいることも多いと思うが、総論部には学説的な論述も妥協なくならんでおり、しかしクリアカットされた論旨が提示されている。
 総論もさることながら、本書の特徴は各論にこそあるかもしれない。授業してみればわかるし、さらに書いてみればもっとわかるが、入門的な事例の論述と、テクニカルタームや理論の説明の案配は非常にむずかしい。私たちも最近この点に苦しみ、どちらかというと学問的こだわりを優先させてしまった。本書は、ざっくりと各論項目ごとに切り口を示し、主題別の争点が明示され、コクのある論述を展開している。なかなかの案配だ。
 社会学のおもしろさの要点が示されていて、よりどりみどりという感じなところは、意見が分かれるかもしれない。つまりもう少し標準化するかどうか・・・・? おそらく過度に標準化すると読み物としてコクがなくなる。無理に枠にはめると薄っぺらい記述や空疎な公式も数あわせで入れなくてはならなくなる。本書の書き方は一つの見識とも言える。ざっくり示されているからこその味読の醍醐味もあるだろうと思う。親切に講義すれば、学生たちは自分で整理したり、調べたりしながら、いろいろ勉強していくだろう。
 テキストに沿ったノートをAノートとする。これを組み替えたノートがBノート。校舎をどうつくるかが問題だと、その昔赤摂也氏の数学の学び方のエッセイで読んだ。それはいつも学生にいうのだけれども、なかなかやりにくいらしい。その点で、この本はそういう作業がしやすくつくってあるように思う。統計を調べたり、論述を学説や事例に分けてみたり、あるいは自分なりの索引をつくってみたり。そういう教育の場の風景がイメージされる作品だった。個人的には、最終章の想像力論が興味深かった。それはやっぱりやりたいことが近いからかなぁ。スタッズ・ターケルとか引用しているし。