小林信彦『名人』

 花粉症の季節である。部屋の掃除をしたときにバイトの人たちが花粉症みたいにくしゃみをして、目が真っ赤になっていたのが思い出されたりした。今はかなりいい薬があるらしい。しかし、シャットアウトしてしまえばいいわけだろ?だったらさ、ゴーグルとマスクのかっちょいいのはないの?ヴィトンのゴーグルとマスクできめてみますた、あたしはシャネル、おれはエルメスみたいな。まあ人外ブランドである必要もなく、FUKUSUKEでもなんでもイイと思うんだよな。
 金曜日はバカに人が多いと思ったら、卒業者の発表だった。ゼミの人も来ていて、入学の合格発表のようにして写真を撮ったりしていた。ご卒業おめでとうございます。横浜に帰った。テレビでエンタの神様をやっていた。久々にみる。にしおかすみこは、最初のシャウトだけはインパクトがあったけど、あとはずぶずぶ。ヒライケンジも含めて、なんか桜塚やっくんのリミックスみたいになってんじゃねぇかと思っていたところが、慶というチャラ系芸人初登場。なにこのもさっとした進行は、うざくね?みたいに思っていたら、最後のオチが「チャラ男はウゼぇ」。キマった。
 横浜への帰路、少し本屋によったのが大失敗。小林信彦の『名人』が出ていた。選書で出ていたのも知らなかったのだから、本屋音痴になっている自分を感じる。岡山時代は、週に何度か丸善紀伊国屋のおもな棚をみていたのだ。「飢え」のなせる技だったような気もする。小林信彦は、「いらっしゃい」の師匠のオヨヨに、待ったをかけた人くらいにしか思っていなかったのが、『日本の喜劇人』の著者という本を読んで大注目になった。トニー谷ビートたけしタモリに対する論評が面白く、他のものもすべて読むようになった。横山やすし論なども印象深い。それが、志ん生志ん朝を論じる。落語を論じる。江戸文化と近代文化を論じる。それも、団塊ジュニアが目を輝かして、ガンダムドラクエを論じるように。面白くないわけがない。しかし、忙しいし、読んでいる暇はほんとうはない。

名人―志ん生、そして志ん朝 (文春文庫)

名人―志ん生、そして志ん朝 (文春文庫)

内容

2001年10月1日、古今亭志ん朝急逝の報にふれて、エルヴィス・プレスリーの急死に匹敵する衝撃を受けた著者が、哀惜の念をこめて、志ん生志ん朝、父子二代の落語家を論じる。それは同時に、現代の東京が失った言葉と街と人々へ捧げる、美しきオマージュであり、哀切きわまりないレクイエムとして、読む者に迫る。

目次:

第1章 古今亭志ん朝古今亭志ん朝の死志ん朝日和(一九八一年〜二〇〇一年))
第2章 古今亭志ん生(ある落語家の戦後志ん生幻想)
第3章 志ん生、そして志ん朝(“路地”の消滅志ん生、大ブレイク ほか)
第4章 落語・言葉・漱石(『落語鑑賞』と下町言葉夏目漱石と落語)

 しかし、都市空間論として、親子二代の落語家を論じた第3章を立ち読みし、ぺらぺらと前をめくっていたら、大須演芸場での独演会の様子を交えながら、志ん朝の思い出と、「少なくともあと10年生きていれば」の気持ちが語られている。そして、大須演芸場の社長がアトランタオリンピックのTシャツで挨拶をしていたという記述=「眼」をみて、こりゃあ買うしかないと思い、買ってしまった。そして、寄り道をして、そこで一気に読んだ。人形町生まれで下町言葉を聞いて育った小林信彦の本は、「エスプレッソでも飲み」などという書き出しではじまっている。
 子供の頃やっていた、「親父万歳」「おもろい夫婦」などというような番組に、いかにも下町の職人というつるっぱげのぢぢいが出ていることがたまにあった。風呂屋に行くと、50℃近くあるような東京の熱湯風呂のような銭湯にゆでだこみたいに真っ赤になってはいっているようなぢぢいである。こういうぢぢい、そしてそのつれあいであるかかぁも、ジツに味のある言葉を話していたヨウニオモウ。これが小林信彦の言う江戸言葉なんだろう。こういうハゲ頭のぢぢいも、かかぁも、あまりみなくなった。と私でも何となく感じ、だから志ん朝がいなくなったことの残念さも何となくわかる。その何となくを、志ん生を重ね合わせて、シュタッと詳細に明示したのが、この本に書いてあることだと思う。
 有名なナメクジの逸話が書き抜いてあって、ここで志ん生が、「うちのかかぁが」などと、おおぼらを吹いているところなどは、活字を読むだけでも、耳に浮かんでくるなにかがある。まあしかし、私は三平は三平で面白いと思っているし、お笑いタッグマッチも、笑点も面白いと思っているし、誰かネット落語はじめないかとも思っているし、ジツはこの本で一番笑ったのは、「このクソババアが」「ぢゃあ、おばあさんは雲古をするのかい」というギャグだったりするわけで、古典落語のうんちくをなんじゃかんじゃ言う気は毛頭ない。
 志ん朝が、笑いに「間」がなくなったと言っていたことなども印象的だった。ただし、B&Bの「間」もへったくれもなく畳みかけるマシンガントークに「間」がないというわけでもないだろうとは思った。小林の厳しさに触れ、身震いするような感動を覚えたことは、決して時間の無駄ではなかった。大須演芸場だからよいので、これが新宿あたりだと、似合いもしない和服を着てきたり、なかにはノートをとっているアフォまでいるという気むずかしさには、敬服せざるを得ない。