伊達巻

 私の実家の雑煮は、醤油のすまし汁に焼いた角餅、ほうれん草となると巻という単純なものである。むかしはおせちなどもそろっていたが、最近は徒歩1分の巨大マーケットが1日からやっているんで、ほとんどなにもない。非常に質素なお正月である。あるのは、かまぼこと、チャーシューとロースハム、そしてとっておきの伊達巻きだけである。これらは最上のものを金に糸目をつけないで買っている。とは言え、松坂で十万以上もする牛肉がぽんぽん売れるってほどのことではなく、ささやかな贅沢である。チャーシューとロースハムは尾島精肉店のもので、チャーシューもうまいが、ここで売っているロースハムもうまい。コンビニのなんかは、ロウみたいなのとか、つるつるかまぼこぢゃね?っていうようなものもあるけど、ここのは適度にホロホロ感があり、口に入れると心地よく崩れるカンジである。かまぼこは、親がこだわっているが私にはあまり興味がない。興味があるのは、伊達巻である。
 私なりに分析してみたのだが、いくつかの味覚のポイントがある。甘み、香り、こく、舌触り、香り、質感などである。固くネッチリしていて、コクがあり、ちょっとみりんのアルコールの残り香のようなものがあり、ガッツリ甘みがあって、舌触りはなめらかというものが私の好みだ。いろいろ買ったのだが、今年は久しぶりに「これだ!」というものとであった。それは、つきじ入船の松(極上)である。まさにストライクゾーンど真ん中のもので、売れ行きもいい。まあしかし、これは好みの問題であり、好み自体は相対的なものである。ふわふわのも美味しいし、さっぱり感も悪くない。
http://www.tsukijiirifune.co.jp/product/index.html
 いろいろ検索しているうちに見つけたのは伊達巻のファンサイトである。二つのファンサイトがある。一つは、「狂い巻きサンダーロード」というサイト。別に小林稔侍がやっているわけじゃない(と思う)。まあしかし、突き抜かれるように伊達巻にはまっているのがわかるサイトである。一年に何本買うんだというくらい買っている。「重いものを買う」「たらよりもぐちやひらめを使っているのが高級品」などという知見もあり、「妻に脅されても買う」というのだから半端じゃない。鈴廣、川雄、籠清、佃権、いちまさ、杉与、さらにはco-opまで買い集め、甘さ、だしの濃さ、卵の風味、しっとり感、ふんわり感で1伊達巻〜5伊達巻で判定してある。これは評価してあるというより、傾向の類別で、レビューにはいずれも伊達巻を喰った至福が充ち満ちている。もちろんつきじ入船のもあった。ほぼ私も同じような実感を持っている。結論が「どれも美味しい」というのには、非常にうれしいものがあった。
http://park17.wakwak.com/~ddpp/1/1p/dat/datemaki_2003.html
 伊達巻好きはみんながみんな「どれも美味い」と思うかどうかわからないが、もう一つのサイトも「どれも美味い」という結論になっている。「伊達巻選手権」というサイトで、「毎年、伊達巻を見ると全メーカーを買い込まないと気が済まない」というんだからすごいものがあります。お宅も、築地の近くのようです。こちらは甘い×甘さ控えめ、固い×やわらかいという座標をつくり、各製品をプロットするというもの。すべての伊達巻にレビューがほどこしてあり、すべてのレビューが「うまい」でしめてあるのが感動ものでした。この人にして、「また買いのがしてしまった」というのが、紀文の「ミレニアム」というもので、限定生産もののようです。検索しても出てこないけど・・・、あるなら一本一万円でも喰ってみたい。
http://www19.cds.ne.jp/~c-kujira/datemaki.html
 読書はじめのために有隣堂本店へ。何を読もうかと思ったが、執筆中なのでかるいものを。川本三郎の新刊があった。『言葉のなかに風景が立ち上がる』。小説作品の風景を評釈する。柳美里の『ゴールドラッシュ』、車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』の部分だけを立ち読み。映画『天国と地獄』のことや、初音町の風景については、町歩きの本でも読んだけれども、こちらのほうがズシッとくるものがあった。尼崎の風景については、考えさせられるものがあった。

言葉のなかに風景が立ち上がる

言葉のなかに風景が立ち上がる

目次:
風景の発見と創造
干潟のある地峡の町―野呂邦暢『鳥たちの河口』
マンションとショッピング・モールの郊外―角田光代空中庭園
物哀しさの詩情―井川博年『そして、船は行く』
わが街、ニュータウン重松清『定年ゴジラ
山あいの「美しい町」と実直な人々―堀江敏幸『雪沼とその周辺』
古い町はさびれ、新しい町はまだ育っていない―佐藤泰志海炭市叙景
別荘という夢の場所―水村美苗本格小説
郊外団地という仮の住まい―後藤明生『四十歳のオブローモフ』『挟み撃ち』
母と子の住む海辺の地方都市―長嶋有『猛スピードで母は』〔ほか〕


MARCデータベースより
ふと目を奪われ、吸い込まれる「風景」。そのなかに本当の「私」が存在する。江国香織堀江敏幸丸山健二いしいしんじ水村美苗ら現代作家の描く「風景」から読み解く、私たちの生きる場所と心象。