田中浩『思想学事始め』

 横浜から自宅に戻ったら田中浩先生から『思想学事始め』という本が届いていた。先生は私の父親と同じ年齢だが、仕事のペースが衰えることがない。そのバイタリティには、数々の伝説があり、なかには「大学紛争の頃が一番仕事ができた」というものまである。誰しも研究の時間を削り、人によっては命を削り、問題と取り組んでいた時代であって、家に帰ると疲れ果てて勉強どころではなかったというのだが、そこからさらに勉強して、作品を生み出したというのは、本当にすごいことだ。ホッブス、シュミット、長谷川如是閑などに関する研究で知られた先生であることは言うまでもないだろう。そんな碩学がなぜ私のようなものに本をくださったかというと、先生は女子大に20年も非常勤としてお見えになり、研究室のスタッフとも交流があったということであろう。早稲田と中央と静岡と一橋でゼミをもたれ、しかも非常勤のものも長期続け、合同合宿なども続けていたという迫力には圧倒される。そんな交流から、長谷川如是閑の資料がまとめられたり、研究の国際交流が行われたりということなども本書には書かれている。

思想学事始め―戦後社会科学形成史への一断面

思想学事始め―戦後社会科学形成史への一断面

ホッブズカール・シュミット長谷川如是閑を軸に西欧と日本の政治思想を縦横に研究し、翻訳もふくめて膨大な業績を残してきた著者の、半世紀を超える思想史研究者としての知的自伝。幼年期から陸軍経理学校を経て大学教師、政治思想史家となり、筑波大学闘争をはじめ、丸山眞男藤田省三ら社会科学系の多数の著名学者との出会い、研究会等をつうじての学問交流、交遊を記録した、戦後思想のユニークな裏面史。
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 本書は、著者の中等教育時代からの歩みを、さまざまな人びとの思い出を交えながら書かれている。私はミルズの伝記を中心に社会学ともアメリカ研究ともつかない領域不明な修士論文を書いたわけだけど、それは伝記が子どもの頃から好きで、自伝、伝記、生活史的な著作は、見つければ必ず読んできた。そうしたなかでも、本書は非常に多数の人びとの思い出を詳細に描いているところに大きな特徴があると思う。事細かに事実が書かれていて、かつ文章はすっきりしていて、そして実に読みやすい。手にしたのが昼頃だったが、夕方までに一気に読んでしまった。
 記録としてももちろん貴重なものであろう。私は青年論をやっていたこともあるわけで、教養小説にふさわしい年代の先生の歩みをとりわけ興味深く拝読した。佐賀から全国の学校に進んだ同級生たちが、それぞれに学び、その成果を手紙で報告しあったというようなくだりは、グッと来るものがあった。もう一つ、先生が哲学科出身でありながら、政治学専攻で法学博士であるということである。直接には応用できないとは思うけれども、現在教養教育、リベラルアーツという者の再検討と再編成という課題と女子大は取り組んでいる。それともかかわるような、いろいろな文章をここにみることができたように思う。
 先生は東京商科大学とも関わりを持つ陸軍経理学校にいらっしゃったことがあるということとともに、商大系の経済学や社会思想史の研究者との交流もひろかったということがあり、水田洋『ある精神の軌跡』(教養文庫)が面白かったという人は、たぶん同様のおもしろさをこの本に感じると思う。時代もずれるし、筆致も異なる。しかし、両者に共通したものをどこか感じるのは、やはり私も小平や国立で学んだということと無関係ではないと思う。ほとんど同窓意識はないのだが。
 先生の門下には、柴田寿子氏、小沢亘氏など、私が机をならべて勉強した方々いる。私がはじめてお会いしたのは、女子大に勤務しだしてからなのだが、時には辛口のコメントなどもいただくなどしている。前に言ったかもしれないのだが、私はこの先生が書いたシグマベストシリーズの政治経済(簡略版)で大学入試の勉強をした。学部時代はボルケナウを読むことを課題としていた時期があるので、ホッブス論の著作も手にした。そんななかで、シュミットを先生が研究されていることは、ちょっと奇異に感じていたこともある。本書にはその理由などを明快に説明されていて、非常に興味深かった。
 さて、松本人志の新番組なわけだが。