『デモクラシー・リフレクション−−巻町住民投票の社会学』

 大学に来たら、伊藤守・渡辺登・松井克浩・杉原名穂子『デモクラシー・リフレクション−−巻町住民投票社会学』(リベルタ出版)が届いていた。政治・社会運動、農村・学史、ジェンダー・文化、メディアなどを専門とする四人の社会学者のコラボレーションである。膨大な聞き取りと、社会学的な知見の基づいて、巻町原発と地域の民主主義について考察が行われている。さながら、○○系だ、△△製麺だと、趣向を競うラーメン店のように、パラダイムの意匠争いをし、お約束とも言える効能論述を長々とし、その実、かつてのイデオロギー闘争と比べれば、いささか規模の小さい教典正統性論争のようなものを、多少なりともせざるをえない現状に少しずつ違和感を増幅させつつある今日この頃、聞き取り調査や、その他のデータを用いながら、住民の声とまなざし(w)、「新しい自己主張のスタイル」を読み解き、そして「熟慮民主主義」ということばに逢着していることは、清冽であった。社会学的なお約束トークがないので、社会学関係者のみならず一般にも読みやすいものになっていると思う。『原爆体験』のようにひたすら住民に内在するというわけでもなく、よくみると公と私、サバルタン、スタイル他の理論的な知見がちりばめられてはいるが、理論的に歌舞伎まくり、それを仰々しく適用するのではなく、住民内在的なターミノロジーが主文脈となっているように思われた。リベルタ出版のサイトに詳しい紹介があるので、引用しておきたい。

デモクラシー・リフレクション―巻町住民投票の社会学

デモクラシー・リフレクション―巻町住民投票の社会学

光がみえた

2003年12月23日、この日、東北電力新潟県巻町に予定していた巻原発建設計画を断念し、白紙撤回を表明した。建設の推進を繰り返し表明してきた東北電力の突然の決定である。1969年、新潟日報による巻町への原発建設計画のスクープから34年目、71年の東北電力による巻原発建設計画の正式発表から32年目、96年8月4日に行なわれた原子力発電所建設の是非を問う全国初の住民投票実施から7年目の決着であった。巻町民による住民投票運動の完全勝利である。これまでの道のりはけっして平坦なものではなかった。住民投票運動を頓挫させようとするさまざまな圧力に抗しての厳しい運動を通じて彼らがまさに闘いとった勝利である。…

目次

第1章 住民投票が問いかけたもの
第2章 原発計画と地域の社会・経済
第3章 運動リーダー層の分析
第4章 政治過程の変化
第5章 女性の政治参加と政治意識
第6章 地域の社会関係を編み直す
第7章 住民投票をめぐるメディアの言説
第8章 巻町のいま

本書の狙いと構成

第1章では、住民投票にいたる経緯を詳細に検討する。…
第2章では、巻町の社会的、経済的構造の歴史的変化をふまえながら、原発建設を議会の多数派を占める保守系議員や一部の町民が支持した、その背景にある社会構造を明らかにしよう。…
第3章では、住民投票運動を主導したリーダー層のなかでも中心的な役割をはたした2つの社会層に焦点を当てて、彼らがなにを考え、なにをめざしたのか、を明らかにする。…
第4章では、…3人の町民の声を通じて、「西蒲選挙」と揶揄されるような金権選挙で特徴づけられる巻町の政治過程を明らかにする。…
第5章では、住民投票を実現する大きな力となった女性に焦点をあてる。…
第6章では、巻町の中心市街地をとりまくかたちで広がる農村地域を対象にして、そこでの家や村(村落)といった基底的な社会関係と、新たに形成されつつあるボランティア的な社会関係のかかわりを検討している。…
第7章では、原発建設の是非、さらに住民投票の是非をめぐる町民の判断に多大な影響を及ぼした新聞とテレビの報道内容について分析を加えている。…


以上の検討から私たちが指摘したいのは、巻町で起きた運動が、そして全国で起きた運動の大きなうねりが、一過性のものでも、偶然に生まれたものでもなく、現在進行しつつある日本の地域社会の構造的変化と住民の生活意識や価値観の変容に深くかかわっているということである。保守系と見られていた人びとに芽生える自己決定の強い意思、自分たちの言葉をもった女性たちのしなやかな政治参加、そこから「政治」のイメージを一新する、強い意思と行動が生まれているのだ。
90年代から現在に至る時代は、矛盾したいくつかの動向が交錯する時代ではなかろうか。グローバル化が進展し、ネオリベラリズムの経済中心主義による市場原理が徹底的に浸透しつつある。また軍事化する国家の論理が急速に地域社会と私たちの日常そのものを編制しつつある。しかし、そのなかにあっても、あるいはそのなかにあるからこそ、新しい民主的な対話の空間をこじ開けようとするさまざまな実践がいたるところに生成しつつある。その実践から私たちが学ぶべき多くの事柄がある。
デモクラシー・リフレクション(democracy reflection)、民主主義を再考すること、あるいは民主主義を招来すること、本書のタイトルには運動にかけた人びとの願いが込められている。
http://homepage3.nifty.com/pub-liberta/syohyou/r630.html

 『原爆体験』を読んだ直後であることもあり、普遍的・一般的な論理と、内在的・具体的な論理とのせめぎあいのようなものを強く意識しながらページをめくった。すべての研究は、結局は二極の間における案配でしかないのかもしれない。その案配の論理を、どのように説得的に提示できるか。その提示の根拠をどこにおくのか。そこに社会学パラダイムはどのように関わるのか。そうした問題との関わりでとりあえずはめくってみた。ともあれ、新潟大学のスタッフが共同研究を行い、こうした成果に結実したことには、深く表敬したい。