松本健一『竹内好論』(岩波現代文庫)

 岩波の現代文庫から竹内好論が出ているのを、横浜の有隣堂で発見した。最初に本が出たのは、たしか大学一年生の秋頃だったと思う。幼稚で、左っぽい、自己肯定の心情から、読むリストからはずしたことを思い出した。その後竹内好の存在は、「自生」という概念への関心により大きなものになっていった。地方都市の文化、ヴァナキュラーの概念などなどの研究をすすめるなかで、その存在はより大きなものになっていった。文庫などで読めるものを読み、また鶴見俊輔による竹内論を読んだりしただけであり、「68年体験」を媒介した人からすれば、ふざけるなと恫喝されそうな切実しかないのである。

 さて、松本健一の著作であるが、書き出しからして「68年の誠実」を凝縮したものであるように思われた。「竹内好はじぶんの生きかたを、作っては毀し、毀しては作る。もし、そういってよければ、不断の自己否定がかれの生涯である。それゆえ、ここには完成がない。完成なぞあってたまるか、というのが、かれの生きざまから導きだされる覚悟である、とでもいったらよいだろうか」。自己批判といったものが好きな人は、このような書き出しには、さぞかし、さめざめと萌えであろうなぁ、と立ち読みをしながら思った。正直実はちょっと萌えた。で、すぐさま北田暁大『嗤う日本のナショナリズム』を思いだし、やっぱこれはじっくり読んでおくかなぁと思い買うことにした。横浜から東京への帰路、サラサラとめくりながら、概要をながめた。浪漫派の章では、「イロニー」の言葉も散見される。反芻するのが楽しみである。

竹内好論 (岩波現代文庫)

竹内好論 (岩波現代文庫)

岩波書店の紹介文

竹内好(1910〜1977)は単なる中国文学者ではない.魯迅を精神の糧とし,戦争体験を反芻しつつ,近代日本への根源的批判者として問題提起を続けた自立の思想家であった.その生涯の課題,近代とは何か,中国論,ナショナリズムアジア主義,日本イデオロギー等々を,戦後世代の第一人者が読み解く渾身の評伝。(岩波書店HPより)

目次

序章−−生きるかたち
学問する情熱の章
故郷喪失の章
共同体論に関する章
日本浪漫派との訣別の章
いまだ生まれ出でざる言葉の章
魯迅』の世界
体験とその意味についての章
近代の批判に関する章
ナショナリズムとアジアの章
啓蒙者の位相の章
終章
*
沈黙のはてに−−竹内好追悼
竹内好という問題」浮上−−地殻変動する現代史を背景に

 いろいろな人がアジア論、日本論を提起している。本書の出版は、そうした動きを受けたものかと思ったが、そうではなくハイデルベルグで2004年に行われた「竹内好・国際シンポジウム」を一つのきっかけとすることが、あとがきほかからわかる。私的には、論壇的な主張であるとか、アカデミックな研究というよりは、著者の竹内との交友などが書かれていることの方により強い関心を覚えた。石井十次高梁市のことなども語られている。本筋よりも、ついついそういう方に目がいってしまう。しかし、この本は、竹内の歩みや精神的な交流を詳細に描いている。本筋の方も面白く読んだ。が、ブルーフィルムの秘密鑑賞会に竹内が来ていて、ハゲ頭をなでながら見ていたという、とある小説の一節のリアルとはまだまだ落差がある。