フランシス・アブード『子どもと偏見』(ハーベスト社)

 家に帰ったら、先輩の栗原孝さんより本が届いていた。栗原さんは、私が大学院に入学した時に、博士課程の院生として君臨されていたかたであり、まあ要するに牢名主のような存在であり、院に入ったばかりの若僧のアテクシなどは、キャイーンといわされていたのである。いまだに頭が上がらない先輩の一人である。研究としては、院生時代はハーバーマスの研究をされていた。当時は、マルクスヘーゲル経由でハーバーマスを研究する人が多かったが、栗原さんはパーソンズ、ミード、ゴフマン、ピアジェ、コールバークなどとの関わりで、ハーバーマスの学説を研究していた。豪腕で、すべての学説をガシガシ読んで、全面展開をするので、度肝を抜かれた覚えがある。『コミュニケーション行為の理論』が訳されるだいぶ前のことである。日本では、アドルノ門下のハーバーマイアー氏、ドイツに留学して、ハーバーマスに師事したと聞き及んでいる。就職後は、主題を切り分けて、成果をあげてこられた。亜細亜大学の国際関係学部にいることもあり、日本、韓国、ドイツの比較社会学の研究をされたり、また情報社会論、コミュニケーション論などの研究をされている。
 本書は、エスニシティの問題に焦点をおきながら、偏見の社会心理を考察したものである。偏見の理論を整理した上で、発達論の見地から偏見論を整理し、調査法、測定法などにも言及しながら、偏見の認知発達論へと歩を進めていることが、目次から読みとれることである。著者はマッギル大学心理学部教授であり、偏見論一筋25年、この分野では「世界的エキスパート」だという。その成果をまとめた。心理学的な偏見論の概要を知るためには、重要な文献であると思われる。

子どもと偏見
フランシス・アブード著
栗原孝・杉田明宏・小峰直史訳
A5判  定価(本体価格2500円+税5%)
ISBN4-938551-75-6
日本語訳版への序

第1章 偏見およびエスニシティへの気づきとはなにか?
第2章 偏見の諸理論
第3章 エスニシティへの態度と偏見の発達
第4章 エスニシティへの気づきとエスニシティへの同一化の発達
第5章 研究デザインおよび測度の批判的検討
第6章 偏見の社会的決定因と心理学的決定因
第7章 偏見に関わる社会的認知の発達
教育者への覚書
訳者あとがき
References
索  引

 この訳書は、おそらくは平和心理学、発達心理学、比較社会学などをめぐる研究会などでの共同研究の一つの成果であると拝察するものであるが、上記の栗原さんの研究課題に照らすならば、栗原さんの研究主題を横断するような主題を採り上げ、かつ焦点がシャープに定まった論述が展開されているように思われた。このような気持ちのよい主題の限定は、栗原さんの真骨頂だと思う。そういう研究としては、『社会学評論』に掲載された「歪められたコミュニケーション」に関する研究が印象深い。院生時代のパーソンズから、ピアジェまでを全面展開する研究が剣道で言えば上段からの面狙い、柔道で言えば真っ向一本背負い、将棋だと飛車角だとすれば、こうした研究スタイルは小太刀の切れ味、剣道だと小手、柔道だと足技、将棋だと歩ということになろう。このへんのセンスの良さには、うーんと唸るものがある。ちなみに栗原さんは剣道の有段者である。学会のときだか、小太刀というべきを、「小技のし!」みたいな言い方になり、スゲー怖かった。