「間の文化再考」発表のあとで

 ブログに書いたいくつかの文章などを素材としながら、「間の文化再考」という論文を紀要『経済と社会』(女子大社会学会)に発表した。この一年間に本や論文を下さった方たちには、謹呈しようと思っている。南博氏の所説を中心に、中井正一氏、奥野健男氏、武智鉄二氏らの「間」論をレビューしつつ、「間の実体論」と「間の関係論」を対比しながら、間の社会性を吟味した、研究ノートといった方がよい論考である。来年の授業テキストにしようと思っている。紀要は学科の全学生に無料でくばられる。*1言うまでもなく題名は激こう老人の「恥の文化再考」にあやかったものである。それを読み返していて、どう論考をまとめるか思案している。一案は、本が書けるくらいには論文がたまったので、加筆して手っ取り早くまとめる。二案は、「間の文化再考」を中心に書き下ろす。後者がいいに決まっているが、まず前者を出して、後者をまたということも考えられないこともない。しかし、いまさら「間」と言うのも「間抜け」だし、前者で行こうか・・・悩みは尽きない。こういうアイディアはさすがにブログには書けない。
 そんなことを考えながら、ごろごろしていて、夕方起き出してプールへ。でもって、帰りに啓文堂へ。やっぱり10:30分までそこそこ学術書のおいてある大きな書店があいているのは便利だ。とりあえず頭のカンフル剤とも言える新書売り場へ。まず、『だから女性に嫌われる』(PHP新書)を購入。外資系企業の人事部を経て、人事系コンサルを主唱している人の著作。ものすごくたくさん本を出しているようだ。「職場の女性」に嫌われるおやぢの福音書?責任ある立場の人が書いているので、毒のある無駄話、香ばしい暴論などの類はない。*2雇用機会均等法などもきちんと念頭においた記述になっている。だからと言って身近なエチケット本でもない。これを一生懸命読む人々を思い浮かべながら読むとなかなか興趣あふれるものがあると言いつつ、けっこう馬路に読了。w 実例はなかなか面白い。こういうノウハウ本は絶対に買わないと言う人もいるわけだけど、私はあらゆる業界本も目に付いたものは欠かさず読む。『部下の叱り方』の類は特に熟読するが、怒るのはしんどいし、うまく怒れないからである。勉強ができる人は、勉強の本なんて読まないからね。
 もう一冊『東大教授の通信簿』(平凡社新書)を購入。これも身近な問題だから、面白く読了。東大の先生が書いているところが重要。そして、服装だとか、板書だとか、いやしくも大学の先生たるものは・・・式の美学からは、かたくなに排除されてきた事柄にも踏み込み、よい授業、悪い授業などについて、わかりやすく書いてある。東京大学の講義の現状などを知るにもよい本。ここで教えている人たちは馬路努力しているんだなぁということがわかり、反省するところ大だった。しかし、一番耽読したのは、学生のミニコミ自主販売の講義情報本の分析とかのところかな。あとこの先生も同じTシャツを10枚くらい持ち一年中来ているらしい。けっこうワロタ。

 あとは『ヘーゲル論理学の体系』(こぶし書房)と『中井正一エッセンス』(同)。前者はたまたま購入したもの。武市健人訳&ズールカンプ版で『大論理学』をゼミで読んだことを思い出し、武市の著作を購入した。すでに購入済みの三枝博音の注釈本と暇な時にめくり返す。本質論の「反省と根拠」の問題は、構築主義の問題を考える場合もかなり重要であると考える。後者は、「機能美学」「日本の美」について論じた論考が、ひとまとめにされているからである。そして、大衆と知識人の問題、あまりにも有名な「委員会の論理」などがおさめられている。佐藤毅氏の「異化論」などとも対比しながら、読解し、「間の文化再考」に序説として提示した問題を考えてゆきたいと思っている。とりわけ、カッシーラーの機能概念論に対する理解は、手短だが鋭いものがある。門脇本の問題とも絡めたりすると、深入りしすぎだと思うので、あくまでも下敷きにして、考えていかないといけないなぁと思う。
 紀要論文はネットから見れるようにしたいが、電子文書の提出原稿と、校正した完成稿は違うので、どないしょ?と悩んでいる。

*1:いずこも同じように学生会員にも学会費を払ってもらっているわけだが、学生の卒論要旨、題目、優秀レポートなども掲載されているほか、研究補助金を学生に均等に渡している。

*2:まあそれが最大の不満でもあるが。