稚瀬布発月館行幻夜号

 起きたら銀世界、と思いきや、曇天であった。有隣堂本店に向かう。大晦日にここでなんらかの本を買うのが、慣わしのようなものになって久しい。宮川橋から福富町を通り伊勢佐木町へ。雪の前触れか、寒風は心臓に突き刺さるようだ。伊勢佐木町の商店街は、晦日そばや、お正月のなんじゃかんじゃをうる店が、今年最後のひとさかりでにぎわっていた。有隣堂もけっこうにぎわっていた。今年は、大晦日も、正月も、「間の社会学」について研究しようと、文献は持参している。ゲラを何度も見返して、反芻する楽しみもある。だから、本は軽いものでよい。そう思い、まず一階を立ち読みして歩く。『学があってもバカはバカ』でも買おうかと思い、新刊書コーナーを見るもなし。まだ、『反社会学』は平積みになっていたが、ない。鎌倉の本屋さんだろうが、ごるぁああと思いつつ、エッセイへ。やはりない。で、まず「かごに入れる」になったのが、

井筒和幸『こちトラ自腹ぢゃ!101本斬り』テレ朝

 おいおい井筒も、斬り!かよと思ったけどさ、前に出た本よりは、こっちの方が読みやすいと思う。まあともかくカチンコチンがちんこな、ぶちきれコメント、まんまでのせてある。配給会社とか、ブッシュとか、キレまくったやつで埋めつくすでもなくなかなかのチョイスになっているように思うた。比較的新しいものが多い。番組としてよかったと思われる『スターリングラード』の尻ふりまくりな着眼、『ブロウ』の絶賛と涙などは外されて、『フロムヘル』からはじまり。『ディープブルー』に終わる。と書くと採点の高い作品ばかりがならんでいるのかと、番組をみていた人は思うかもしれないが、そうでもない。ろーどおぶやきるびるもある。タランティーノの挑戦ビデオも一蹴。
 ブッシュとか、それにこびる配給会社、映画製作の現状にきれすぎて、わりと紋切り型の怒りを垂れ流しすぎる点はやや気にならないことはないけどさ、やっぱ井筒の言うことは面白いと思う。声価が高くてもい?と思う作品があって、井筒のコメントは楽しみで、番組をみる事が多い。華氏、ミスティックなどにビシッと言っているのは、禿げしく同意であった。『マルホランドドライブ』を褒めるとは思っていたけど、どう褒めるかは非常に関心があり、予想通り褒めて、その褒め方が面白かった。こういうものは多い。『スパイダーマン』のねぇちゃんはぶさいくだとか、ウィレム・デフォーは素顔のほうが怖いとか、ものすごい強いというのに普通に殴りあいしているとか、本で読んでも笑える。『レッドドラゴン』では、デートシーンの「すれちがい」がピックアップされているのはさすがだと思ったが、番組ではカチンコチンエレクトとか、もっとすげぇこと言っていたと思うんだけどね。
 配給会社の若いひとの愚痴がのっていたのは、かなり笑った。しかしこの業界の人って、やっぱ悪くゆわれたくないんだね。斬られてなんぼというのもあると思うんだけどね。覆面なんだから、もっと井筒の映画観は古いとか、ボコボコに言ったらよかったのにとか思いましたが、まあ言えないかなぁ。

古井由吉『仮往生伝試文』河出書房新社

 で、次に買ったのは、古井由吉の大著復刊。私は厚い本が好きでないし、畢竟の名作と言われるような作品が理解できるとも思わないのだが、この機会に手に入れようと思った。ふつうそんなことはめったにないはずの、著者あとがきと言うのがついていて、自著を語っているというのも興味深かった。少し高価だし、悩んだが買った。気分はドゥルーズ=ガタリのでかい本なんかを買ったときといっしょ。まあ、買えば、どこか参加した気分になるんじゃないかということだ。あと、別に福田和也が褒めているから買うわけじゃないけどさ、ちう言い訳が頭をよぎった。やはり影響力のある人が褒めるというのは、販売に影響するのかもしれない。よく考えてみると井筒が褒めなきゃ、正直『ブロウ』もみなかったかもね。まあしかし、帯を見てかわなきゃなかと思った。

広告文句

 虚と実、死と生、夢と現の境界を果てしなく越境し、行き来する物語再生の壮大な試み。往生伝を手がかりに、文学の無尽蔵な可能性を追求し、多くの読者をひきつける畢生の傑作。

著者あとがき

 とにかく、著者自身、楽しませてもらった。他のどの自分の作品よりも、筆が闊達に働いた。いや、遊んだように思われる。随想と小説の間を縫うのが著者の性分に合ったということもあるが、境目での遊泳を著者に許したのは、これも往古のさまざまな往生伝の功徳なのだろう。となると、やはり聖たちの導きと言えないこともない。

 「境目での遊泳」という文言を見て、買わなければならないと思った。ものの言い方の按配、加減、程が実によい。自分に甘い諸々の愚劣にボロボロになった心身に、その筆致、文の探求は、ポンと肩をたたかれたような気分にさせてくれそうな気がした。

「月館の殺人」:稚瀬布発月館行幻夜

 一階を立ち読みして、三階の文庫売り場に行くのが常だが、今日は大晦日だし、上まで言ってみようかと、最上階のマンガ売り場に逝った。なつかしいなぁ、最近はガキが立ち読みしてねぇなぁ、昔はビニール引きちぎって立ち読みしていたけどなぁんどと思いながら、ぷらぷらしていたら、なんと『月刊 イッキ』があるではありませぬか。もう入手は諦めていたのに平積みになっておりました。佐々木倫子綾辻行人の新作が出ていなかったら、こげなヲタな漫画買わないけどなぁ、などと思いつつ、速攻レジにもって行きますた。
 「至極の鉄道ミステリ」で、綾辻の「館シリーズ」に分類されるはずじゃなかったんの??え???などと思いつつ、かえって包みをほどく。特別付録「超プレミアム乗車セット」。開封せずにあとでやふおくかなんかで売るかとあけていない。これから起こることのヒントがあるらしい。第一話は、とりあえず虚空を仰ぐうつろな眼のねえちゃんとあんちゃんが鉄道に乗るまで。ねえちゃんが鉄道に乗ったことないという設定。最後の三ページ「稚瀬布発月館行幻夜号」への乗車シーンは、やりたいことの多くが凝縮されているように思う。途中のギャグは、ちょっと五月蝿い気はするんだけど、まあしかしどう纏め上げるか、楽しみな一作である。ギャグっているからこそ、川原泉の『銀のロマンティックわはは』はよかったのではないかと思うし。