ヴァナキュラー−−デラシネの根

 上野千鶴子氏の『女は世界を救えるか』を読んだのは、一つの衝撃であった。環境問題の研究会にいた私にとり、ヴァナキュラー−ジェンダー論は、「地に足がついた」、「根をもった」という考え方と結びついており、それが根底から批判され、かつ青木やよい氏のようなエコロジストも、その点にはシビアな批判をしていたからである。平等思想を共有したいと思う。しかし、うわついた、うそ臭い物言いはしたくない。*1第一次主婦論争の議論で、清水慶子の議論にどうしても惹かれる自分が居る。そういった根づいた機微がわかるということへの世間知らずな自負心のようなものに冷や水をかけられるような気分がした。それが、上野氏のヴァナキュラー論批判を読んだ衝撃である。
 昔、『若者文化のフィールドワーク』という本を書いたときのこと、ギャグのネタ帳みたいなつもりで、教養部でやっていた講義の「まんま」を、ライブ版のアルバムみたいにした本を書きたいと思った。毒素口調で、厨房ギャグも辞さず、別の出版社の編集者に講義はけっこうウケてるんですけどねと言ったら、「聴くものの質にもよるでしょ」とバカにされた、そんな企画を、当時勁草書房にいた島原裕司氏は、まともに採りあげてくれた。「でもね、本のタイトルはなかみを具現したようなものじゃなくてはだめ」と、「名刺代わり」というか、「言いたいこと」をズバリあらわすようなキャッチコピーの表題化に、島原さんはこだわった。「富岡勝氏なんかと話し合ったら、根をもつとか、ヴァナキュラーといったことばがどうかというんだけど」と電話でおっしゃった。言うことをきいて、練り上げれば、もう少しよい本になったような気もする。「アジールとしての地方都市」。「もう一つの地方文化」。「地方という場」。「文化の場(champ)としての地方都市」など、核心のまわりをぐるぐると回りつつ、「定住者」と「移動民」、「根を持つこと」と「デラシネ」、「ヴァナキュラー」と「ノマディズム」などの狭間で、保守思想に対して煮え切らない立場を崩し得ず、今日に至っている。さらに恥をさらせば、「エリアキッズ」というコピーを提出して、島原さんを失笑させた。浅田彰ショックはかくも深刻だったのである。
 最近この件に関して、一つの考え方を得るに至っている。完全なノマド、移動民というのではなく、根を持ちつつ往還するというような考え方だ。前にも論じた浜田真理子氏の生き方もそうだし、『サブカルチャー社会学』で描いた能勢伊勢雄氏ほか、いろいろな人々の生き方もそうだと思う。あるいは、映画監督の河瀬直美氏だとか、例をあげたらきりがないだろう。
 ちょっと前にKinkiと吉田拓郎の番組に出ていた松山千春が、「たくろーさー」とかタメで話しかけ、さらには「俺、たくろーにさ、文句言いたいんだよ。あの時代に偉大なフォークシンガーがいて、一人がたくろーで、もう一人は加川良なんだ。その後、たくろーは売れちゃってさ、こんななっちゃったけど、俺はさ、加川良の生き方が好きなんだよ。加川良はさ、今も日本のどこかのライブハウスで歌っていると思うんだよね」なんて言い出して、拓郎もちょっとむっとしたふうだったが、丸くなったのか、言いたいことはわかったからなのか、馬路ぎれはしなかった。松山千春は、放浪者としての加川良に禿げしく同意している。その一方で、足寄高校の先輩ムネオを応援し、その前は郷土の英雄中川一郎を応援していた。非常に矛盾したことではあるけど、その矛盾を自分自身の矛盾と重ね合わせ、引きうけてみたい気持ちがする。小谷敏氏の『子ども論を読む』に書かせてもらったときに、地方における市民性について議論し、意見が対立したことも、私なりの誠意で確認したいと思う。
 この点で面白いのは、再三触れた『名もなきアフリカの大地で』である。ナチスのドイツからケニアに逃れたユダヤ人一家の娘は、アフリカの大地に馴染み、現地の料理人オウワに「同じ心で感じる」とまで言わしめる存在になる。デラシネユダヤ人一家は戦後「故郷」のドイツに帰る。娘も、骨を埋めるなどとだだをこねずあっさり帰る。オウアも蕭然と別れを受けとめる。「娘さんにはたくさんことばを教えてもらった」と言って、オウワは家族のもとにむかって旅に出る。犬を連れたオウワの後ろ姿は、旅と定住の穏やかな融合という寓意を、観る者になげかける。港に向かう列車が止まり、現地の女性がものを売りに来る。しかし、ユダヤ人一家はオケラで買えない。「お金がないの。さるより貧乏だわ」とユダヤ人が言うと、ケニア人は「かわいそうなおさるさんへ」とバナナを一本くれる。「ありがとう」とユダヤ人はそれを素直に受けとる。列車は走り出し、車窓からは黄金色の服でサバンナを歩くケニア人の姿が見える。尊敬と情けなどなど、様々な対立項が穏やかに共存する姿が、穏やかな希望としてそこにあったように思った。
 新しい文化論の視点、職人性の問題、間の文化、ヴァナキュラーなどを手がかりにして、問題を考えたのが、前期の文化社会学だし、今のところの原稿の草稿である。なにがどうできあがるかわからないけど。後期は、戦後日本の社会心理史が主題となる。 

*1:だから、インテリっぽい左翼思想はだめなんだと言った苦労人の左翼がいた。骨の髄までラディカルな彼は、「私は自民党が大好きだ」と言って、私をオルグしようとした。