『数学に強くなる法』

 私の愛読書である。1966年刊行だから、もう四十年近く前の本ということになる。編者は、『零の発見』の吉田洋一と、確率統計の田島一郎。田島の参考書で数学を勉強したことから、この本を購入した。範囲は連立方程式のところだったか、数学のテストで零点をとったことがある。さすがにやばいと思い、田島著『よくわかる数Ⅰ』と言うのを買って、毎日何題と決めてコツコツ勉強した。その成果が出て、田島のファンになり、有隣堂を立ち読みしてまわり、見つけた田島の本を買ってきたのだと思う。ダイヤモンド社刊の啓蒙書の類である。執筆陣はめちゃめちゃ豪華だ。素人の一般ピープルでも知っているよな名前がならんでいる。遠山啓、早川康弌、渡辺茂、桶谷繁雄、宮沢光一、黒田孝郎、宮田房近、赤摂也、矢野健太郎、北川敏男・・・。数学者だけではなく、数学のできる、工学者や経済学者なども混じっている。でもって、それぞれの著者が、数学の勉強のしかた、勘所などを体験を交えたりして書いてある。今でも、古本屋で見かけることがある。名著と言っていいと思う。
 これが何度読んでも飽きないくらい面白い。数学で零点をとった私が言うのだから、間違いない。なんと言ってもインパクトが強かったのは、渡辺茂の章。渡辺は、のちに数学的発想についての啓蒙書を書いてベストセラーになったが、この著書でも、ハートにしみるようなことをズバン!!と言っている。たとえば「極限の定義」。これは、大学に入って数学を勉強するとまずぶち当たる関門だろう。「限りなく近づく」んじゃなく、厳密に定義するっちゅーやつ。他所に、噛み砕いた説明はいやというほどある。どんな鮮やかな手業をみせるかと思いきや、渡辺は、「丸暗記しろ。話はそれからだ」とくる。お経のようにくり返す。でもって丸暗記。ハイキングに行っているときに、口をついて定義が出てくればしめたモノ・・・。ハイキングには笑うけど、すごく本質を突いていると思う。パーソンズのAGILだって、軸がどうのこうのいうよりは、暗記しちゃった方が早い。「・・・・れいてんすぃ〜、おあめいんてなんすおぶれいてんとぱだん」とかウットリしているうちにわかってくることはある。あと、できるだけあげ足をとれというのも、グサッと頭に突き刺さったことばだ。ゼミで議論したりするときの話。お互いに意地悪くあげあしを取り合う。そうすると見えてくるものがある。こういう逆説的なことがならべてあるだけなんだが、目から鱗の読後感がある。
 赤摂也は、数学基礎論柄谷行人なんかが論壇をリードし始めたとき、心ならずも再会することになるんだけど、−−群とか環とかがわかったとは言わないよ−−篤実な本の読み方が書いてある。AノートとBノートをつくるべし。Aノートには、数学の本を読みながら、定理だとか証明だとかを丁寧に本の順序にそって書く。それを組み替えて、自分なりの順序に再構成するのがBノート。この二つがキチッととれるようになれば、一人前。そんな話である。これは、ゼミなんかでよく使っているネタとなっている。低学年のゼミでは、ノート提出を課題にしたりもしている。篤実なだけではなく、そこになんとも言えぬユーモアが漂っているのもこの著者の魅力である。
 だけど、この本の中で一番面白く、一番読みかえしたのは、清水達雄の文章である。今で言えば、毒電波系と言えるかもしれない。清水建設一族の御曹司。酒豪で、火事と喧嘩が三度の飯より好きな江戸っ子で、珍談奇談はあとを絶たない。高級芸術やクラシック音楽から、マンガ芸能歌謡曲の類までをこなすという、当時としては珍しい御仁である。べらんめいで、酩酊したような口調で放言する。生い立ちから、数学を志すも、経済学部に再入学し、のんだくれになるまでを書き、そして突然ぶち切れて、受験体制の批判をはじめる。飲んだくれて書いたようなわけわかめな原稿だけど、敗残の諦観みたいなものが漂っていて、不思議な魅力になっている。チョビ髭をはやして、大きな悲しい目がある。
 この本にならんでいるいろんな数学教育談のなかで、清水がした類の話に惹かれる人は、一定数いるだろうと思う。そんな話をしたときに、恩師佐藤毅氏は、「結局そういう類は研究ではダメなモンだよ」と言った。清水云々というよりは、私への叱責だったのだと思う。それはあたっている気がする。かろうじて、田島一郎や、赤摂也に惹かれた部分で、研究をしてきたとも言える。そうじゃないと、作品性が出ない。
 親分肌で、下のモノがついてくる。飲み屋に行って、毎夜毎夜の馬鹿話。そんな清水達雄なら、たとえばこんな話も笑ってくれるだろう。−−たけちゃんの番組を見ていたら、いたこシスターズっていうのが出てきてね、これが大馬鹿なの。例を呼ぶんだけど、なんかインチキクサイんだ。でもってたけちゃんが、「じゃあマリリンモンローの霊を呼んでみろ」。いたこ(その1)気合いで呼び出す。でもって、「マリリンよぉ〜」って日本語でゆい、いたこ(その1)は馬鹿馬鹿しくて笑っちゃっている。しょーがねぇーなぁ〜ってたけちゃんは笑う。−−これって、チョコくれたアメリカ兵に土下座しちゃった菊次郎そのものじゃんか。そういう情けねぇもンに、江戸っ子な共感を感じるようになると、得意げなつま先立ちは馬鹿馬鹿しくなる。そういう馬鹿馬鹿しくなっちゃっている人とは、ウマが合うよなぁ。くだらねぇことだけどね。