伊藤勇他『Qualitative Inquiry and Global Crises』

 伊藤勇先生から本を送っていただいた。包みをあけるとデンジンの本で、外国のお友達から販促でも頼まれたのか、と思ってめくったら、伊藤先生が一章書いていた。横浜で世界社会学会が開催されるのも近いこともあり、国際的に研究成果を問う先生たちが増えているワケだが、デンジンと共著というのはすごいことである。
 伊藤先生といえば、私にとってはミード研究の先輩であって、入院した頃から論文を複写して読んできた。最近は、質的研究法についてのお仕事を発表されたりしている。私のところの院生が、仙台に伺ってチーム東北大のミード研究者にご指導いただいたことがある。その院生が、これからのミード研究は時間論と科学論だ、という助言を得たと言っていたことを、質的研究法のご研究に接するたびに思い出す。
 ミードの正嫡を自負するブルーマー『シンボリック相互行為論』のgeneric な社会科学方法論はあまりに頑ななものであるのに対して、デンジンは、やや折衷的な表情を湛えているようにみえた時期もある。一定のスクールを形成し、研究が体系的に展開されていることで、評価は不動のものになっていることはたしかだろう。質的研究法という議論は、本書ではグローバル化という問題と接続される。まだぺらぺらとめくった程度であるが、散見される“mix”という問題に、どのようなオトシマエが付けられて、研究が分節展開されているかを、注意深く勉強させていただきたいと思っている。
 本書は、昨年イリノイ大学で行われた質的研究国際学会大会を著作にまとめたもののようである。この学会で講演された伊藤先生は、原稿を依頼され、本書に収録されることになったのだという。伊藤先生はご担当分を訳出され、書状に添えてくださった。

Qualitative Inquiry and Global Crises (International Congress of Qualitative Inquiry Series)

Qualitative Inquiry and Global Crises (International Congress of Qualitative Inquiry Series)

構成

「農村的なものをグローバル化する
――グローバリズム時代における「新しい農村問題」への質的研究の活用――」
危機に瀕する日本農業と農村社会
農業・田舎暮らしブーム
農村研究における文化論的展開と質的研究
私の質的研究プロジェクト

 論旨は見事に表題化されている。そして、伊藤先生らしい骨太の明晰な構成となっている。まず、グローバル化のなかの「新しい農村問題」の実相が描かれる。つまりは、一方で、グローバリズムのなかでの農村の荒廃、他方で、「農」をめぐるさまざまな言説と表象の生産、流布、消費。そして、この問題への質的研究法の応用可能性について考察している。
 伊藤先生は、「農」の意味づけ方をめぐる言説、表象のせめぎ合いに着目する研究動向=「文化論的転回」に賛同しながら、研究を具現する方向性として質的研究法を位置づけている。チーム東北大のミード研究、農村研究という伝統、他方で最新の研究動向を踏まえながら問題を定立し、「媚びつつ振り回されない戦略」、「生活の立場」、「百姓と先祖の新しい意味」といった論点を提起することで、確実で重みのある一歩を誌しているように思われた。
 思い出したのは、国際的に活躍する銀行マンとジャーナリストと商社マンと呑んだときの話である。まだ震災前のことである。「日本の社会学者は何で日本社会のつながりというものを描き出さないのか。世界はそこに注目しているのに」というような主旨のことである。研究の積み重ねが結実しようとしていることに心から表敬したい。