ぶらり学会探訪

 大学の合格者が発表になり、高校別の合格者数が週刊誌に載るということで、すごい吊り広告が眼につくようになった。昔は名前まで載っていて、「全氏名」などと威風堂々広告され、合格者はかならず何冊か購入して、自分の名前に赤線やマーカーを引いたりしていたようだ。電車のなかで、マーカーを引いたページを開きっぱなしにして、凝視する学生さんなどをみかけたことがある。そんなもの極刑だとばかりにボコボコに言う人もいるんだろうね。大学のロゴ入りのクラッチバックとか嫌悪する人もいるし。でも、あたしゃどっちもまあいーじゃん、とか思ってしまうわけで、一皮剥けたらいい奴になるだろうなぁ、くらいにしか思わなかった。
 今日は大学のほうで某シンポジウムがあったのだが、社会学理論学会の研究例会があり、会員ではなかったのだが、最近のフランクフルト学派の研究動向なども知りたいということもあるし、主題も自分の研究テーマとも関わって大事だろうと思って、そちらのほうにでかけた。久々の東洋大学だったが、都心回帰のなかで新校舎が建ち、威風堂々の佇まいだった。

・日 時 2009年3月14日 14:00〜17:00
・場 所 東洋大学白山キャンパス6号館6313番
・報告テーマ
批判理論の現在
―「資本主義的近代のパラドックス」をめぐって―
司会 片桐雅隆(理事・研究活動委員会委員長)
報告 出口剛司(明治大学
コメンテーター 飯島祐介(都留文科大学鶴見大学
http://wwwsoc.nii.ac.jp/sst/html/meeting.pdf

 セネットとホネットって、名前も似ているよねとか、アホなこと考えながら聞いていてたんだけれども話は期待通りのもので、主題をかなり限定してアカデミックな報告をすることに徹するというふうにみえたが、フロアから矢継ぎ早に質問が出て、それが最初は、ちょっと反則技じゃねぇの?でも、みたいにすら思っていたのが、きちんと心臓部をとらえるかんじになっていったのは、すごい力業で、刺激的だった。ホネットが日本に来たときにしきりに言っていたことだとか、アドルノの影響だとかいった論点が、特に印象に残った。
 グローバル化とモダニティの問題は、勤務校が改編され国際社会学科の一員になったこともあり、研究教育の基軸として考え続けていきたい。ネオリベは、「先進諸国」がややくたびれチマって、どうすべぇというときに、ある意味非常に徹底した偽善のない議論を展開しているとも言える。では、批判理論はどのように可能か?という問いをめぐり、いろいろ考えているうちにあっとゆうまに時間がたった。ゴミのように扱われ、ボロクズのように捨てられ、あるいはコロされても一顧だにされなかった人々のことがらと、モダンな規範と、内外の最先端の事情通たちの議論するアカデミックな情報交換が交錯しているのをみるにつけ、強烈な刺激を感じる。
 結局自分に足りないのは、人と対立しようが、飛行機が怖かろうが、ことばが不安だろうが、ともかくこれがやりたいという強烈な情熱なのかな、と思うと、ちょっと情けない気持ちにもなった。ただまあ、サバティカルになったら、外国ではなく、夜間高校にでも・・・と考えていたことは、けっして間違えではないと考えた。その辺と響きあう思想内容を感じたから、報告や議論が面白かったのかもしれない。ちょっと最近さぼり気味だったが、学会、研究会にゲリラ的に潜り込むことを積極的に再開しようかと思った。9月の本大会で「続編」があるとのことであった。