海野和之『公の鳥瞰Ⅰ・Ⅱ』五絃舎

 海野さんの著作が遂に出版される。メイルをいただき、ほどなく本が送られてきた。出版されたお気持ちがひしひしと伝わってくる。以前にも話したことだが、海野さんとは神戸大学で開かれた経済社会学会にむかう途中のバスのなかで出会った。どう見ても同業者という二人が道に迷い目があって話し始めた。当時私は大衆論や社会経済学に萌えていて、西部邁村上泰亮塩野谷祐一公文俊平などの著作を読み、学会に入会した。海野さんも経済社会学への関心が高く、いろんな話をした。それが機縁で年賀状などをやりとりするようになった。私はその後関心が二転三転したが、海野さんは、他方でラザースフェルトなどの翻訳をするなどしてお仕事をされるなどしつつも、着実に学問を積まれ、今回の出版に至った。今のところ書影もなにもないので、海野さんのプロフィールサイトと、目次を掲げておく。

海野和之ホームページ

http://www.waseda.jp/prj-sustain/unno/

『公の鳥瞰』全目次

序章 公共政策を見渡す指針
Ⅰ.政治・立法
第1章 選挙制度の選択
第2章 国会制度と政治改革
Ⅱ.商務・財務
第3章 企業システムと企業経営
第4章 税制の選択
Ⅲ.厚生・労働
第5章 社会保障の理念と制度
第6章 労働と雇用
Ⅳ.金融・財政
第7章 金融制度とマクロ経済運営
第8章 財政制度と景気対策
Ⅴ.地域・自治体経営
第9章 都市の土地利用と土地・住宅問題
第10章 地方分権地方自治
Ⅵ.産業・通商
第11章 規制緩和と競争政策
第12章 国際摩擦と国際化
Ⅶ.外交・防衛
第13章 戦後の成立ちと戦後補償
第14章 安全保障と国際貢献
終章 主権者であるということ

 海野さんは早稲田大学理工学部で教えられている。そして、教養教育の成果として本書が書かれた。リベラルアーツ教育をうたう大学に勤務する私としては、襟を正して読まなくてはならない本であると思う。まだめくった程度であるが、リベラルアーツとしての社会科学というものについて、いろいろ考えさせられた。実は届いたのは3日ほど前だが、いろいろ考えているうちにアップが遅れてしまった。海野さんご自身も冒頭でおっしゃっているように、主権者、有権者としての教養人育成のための「大学生のための社会科」の本として本書は書かれた。自らの価値観に適合的な政策を選択する力を育成することが本書の目指すことだと思われる。そのために海野さんは、「価値理念のリスト化された体系」を読者、受講者に提示している。論述は多岐に渡り、編著ならともかく単著としては異例なほどの広がりである。しかし、どのページを開いても海野さんの発するメッセージはきわめて明快である。すなわち有権者の育成。
 もう十年以上お会いしていないが、熱っぽく教壇で語る海野さんのお姿が目に浮かぶようである。海野さんに「お互いに見田宗介主義者だったわけだし」と言われたことを思い出す。人文趣味のことをリリックに語ることは海野さんにはたやすいことだったはずだ。また、海野さんの社会科学的な造詣を生かした含蓄や格調を込めた文章にすることもわけないことだったはずだ。もっと体系的な理論書にすることもできただろう。しかし、本書はカチンコチンの社会科の教科書風なのである。体系的なリストづくりに徹し、価値観と制作を照らし合わせる訓練に資するように書物は書かれている。これは海野さんのダンディズムなのか、はたまた別の理由があるのかなどなど興味はつきない。一つだけ、理系の学生相手にアイロニーを教え込もうとしても、食いついてくるのは一部のオタクっぽい連中だけだということは、11年間理農薬医歯工学の学生を相手にしてきた私にはよくわかる。そしてこのテキストならば、理系の連中も学ぶモチベーションも高くなるだろうなぁと思う。もしかすると文系の学生もそうなのかも知れない。論壇誌や思想誌を耽読する連中相手に講義するのではなく、「人を育てる」ということをあらためて考えさせられた。