くらくらゆらゆら

 今日は午後から社会科学基礎論研究会@大正大学。「準拠点としてのシュッツ」が主題。今なぜシュッツってことを討論するのだろうと思って逝く。故桐田克利さんと松山で飲んだ時、根本的な関心が敵意の昇華、戦争の昇華みたいなところにあるというような話をしていて、ジンメルやゴフマンやミルズやフランクルを読んでいるというような話をしていて、『苦悩の社会学』の舞台裏などをいろいろお話ししていただこうと思ったら、「シュッツは?」と聞かれ、「一通り読書会とかしましたけど・・・」というと、「シュッツは面白いよ、そういう関心ならよけい」みたいなことを言われた。その後、排除論で卒論を書いた学生がいて、ドイツ語でシュッツやジンメルを読むという力作だったのだが、経験の内実を腑分けして論じる筆致に、桐田さんの言葉を思い出した。よって次のようなラインナップを見た時、これは逝かなくちゃと思ったわけである。

【シンポジウム(第6回)】準拠点としてのシュッツ
[司会]浜日出夫(慶應義塾大学)、中村文哉(山口県立大学
[報告]張江洋直(稚内北星学園大学)、山田富秋(松山大学)、平 英美(滋賀医科大学
[コメンテータ]本石修二(東洋大学・非)、菅原 謙(中央大学・非)

 張江さんの山田批判論文に対し、山田氏がガーフィンケルの博士論文の丁寧な読解を持って応えるという構図と、理論的な研究に対して平氏が会話分析の考察という方向性を示すという構図を基調としながら、議論が展開し、眩暈がするようだったが、最後になぜシュッツかというような質問が出て、きれいにまとまったと思う。ここで山田氏が「内集団の問題」と答えていて、やっぱりそうなのかなぁと思った。私は専門外だし、なかみには触れないでおく。「司会者がこんな発言してはいけないのですが・・・」という発言が一度ならずあったことは、それだけイイカンジのところへ議論が至っていたのだろうと想像する。二次会に行けば裏のやりとりがいろいろ聴けたのだろうが、いろいろあり直帰。
 この会場は、大正大学においてひときわ高い高層の建物の一番上にあるデラックスな会議室で行われた。法政や明治や東洋などの後者と同様眺望が素晴らしい。と、そこへ地震が来た。ものすごい揺れであり、今まで経験したなかでもトップクラスの一つである。おまけにビルなので執拗に揺れた。しかし、研究者というのは、冷静というか、誰一人あわてるものがいない。聞き取れた会話。「お、地震ですね」「けっこう大きい」「最初のが来てから本揺れが車で時間があったから結構遠いんじゃないかな。これだけ揺れているんだから、震源のほうはかなり大きい」「今テレビとあと大学事務のほうへ事情を調べに行っています」「マニュアル通り、机の下に隠れなくていいのか?」「最上階だっしぃ〜」「高層だからどこまでが地震の揺れで、どこまでがビルの耐震動作かわからない」「こちらはこんなに揺れているのにとなりのマンションのおばちゃんは平気な顔で洗濯干してる☆」「終わったかな」「電車止まるし、みんな二次会出ましょう☆」。この間淡々と携帯で情報を集める人、電話する人など様々。私も携帯派だったのだが、かなり見物な風景だったと思われます。
 直帰したので、電車はひどい混み方ですた。特に新宿駅はすごいものがありました。若い椰子とかが、ジベタリアンになってちょっとした解放区。そして中央線は、朝のラッシュなみ。つり革に両手でつかまって必死になっていたら、少し離れた妙齢のおばちゃんに笑われますた。吉祥寺に着き、ラッシュなみのものすごい圧力から解放されると、くらくらしますた。