ただの馬鹿じゃない象

 たとえば、本日ぶっ飛んだ質問。「今年先生がやる歴史社会学って、なにやるんでつか?」「便覧にもあるように間の社会心理史だよ」「ためになりますか?」。おいおいおいおいおい。別の椰子「とった方がいいですか?」。もうひとり「とらなくちゃいけませんか?」。さらに、「社会調査法は必修ですか?」。「調査法とってないと、卒論面接でいじめられるってホントですか?」。もう眩暈クラクラスゲートリップ感でぶっとびますた。便覧をしっかり読めと一言言って澄ませていて、ちゃんとやっていた連中も、アドバイザー制度導入すると依頼心が強くなるんじゃないかなぁって思いました。「ミスしたら、留年まであります。すいからすみまで熟読して、わからなかったら来なさい」というのが教育かなぁと思いますた。「ためになるか?」面白い質問だが、あまりにベタだろ。教師になりたての頃、「この授業はなんの役にも立ちません」と言って講義をはじめたことがなつかしい。まあそれでも卒業間際になるとかわるのかもしれません。卒業間際のコンパでの会話。学生A「一年入った時は先生は馬鹿としか思えませんでした。それが四年くらいになるとただの馬鹿じゃないと思うようになりました」。学生B「普通の馬鹿じゃないと言った方が適切じゃない。馬鹿は馬鹿だし」。ワシ「うるせーよ、馬鹿」。一同「わっはっは」。
 なんか、真面目な椰子はすごく必死である。すごく傷ついて、ぐったりしている椰子もいる。同窓会長が入学式で言っていたことが思い出される。「他の大学で、卒業の時、この大学のおかげで、負け組にならずにすみましたと言った学生がいるそうです。しかし、この大学を卒業する時に、勝ち組だ、負け組だとか言わないようになっていると思います。ここに勝ち組と思って座っている人もいるでしょうし、負け組と思って座っている人もいるでしょう。しかし、そういう枠組みと違う枠組みでものを考えられるようになることが、リベラルアーツを学んだということの意味です」。そんな主旨の話だったと思う。凛としてよい話だったと思う。まあそれを私流に言えば、「ただの馬鹿じゃない象」なのである。ちょっとお下品かしらねぇ。ほほほ。
 ちょっと前、局アナを目指していた椰子がいた。学力的にはかなり高いし、技術もまあそこそこ、プラスアルファはわからないけど、どこを受けてもESで堕ちまくっていた椰子がいた。なんでなんだろうとかゆって、友達たちと研究室にきて、とあるところで見てもらったら「あなた面白い人ねぇ」と笑われたとかゆって、ヒンヒン悔し泣きしてやがんの。もう、ヒンヒンとあだ名を付けたいくらいの、みごとな泣きッぷり。ボクは太宰治じゃないからさ、黙って林檎をむいてやって喰わせたりはしないの。で、「ちょっとみしてみ」と言いました。みてびっくり。いかに自分が子どもの頃から、いい子と言われてきたか、近所で評判の子だったかなど、「勝ち組ぶり」がつらつらと書いてあり、ちょっとずっこけな自分なども強調してあったりする。思わず「ギャハハハハハ」と笑ってしまった。そうしたらまた、火をつけたように泣き出した。
 悪いけど、笑いが止まらず、腹が痛くなった。「めんごめんご」と謝りつつ、「ちみさ、他も全部こんなカンジ?」と、ESを指さしながらゆった。そしたら、「整形とかした方がいいでしょうか?」とかゆうのね。「ちがうちがう。なんか、女子アナ、スッチー志向って、スゲーアディクションチックな面があるんじゃないかと、感じたが、カテゴライズはいかんよな。すまぬ。そうじゃないんだよ。問題は文章。痛すぎないかこれ?」。その椰子「?」。ワシ「じゃあさ、添削してやるよ」とゆいまして、文章をいじった。「センセーは、あたしのことを、スチュワーデス物語の堀チエミのようだと言います。ちょっとアホだけど、一生懸命頑張ってるって。『私はのろまで間抜けなカメです』ッテせりふがあったけど、私もカメみたいにがんばりまっす☆でも、私はただの馬鹿じゃない象」。私「こんなカンジかな。まあこれも痛いけど、パオーとか象の絵を描いておくともっと(・∀・)イイ!!よ」。要するにパンクに添削したかっただけです。とりあえずその場ではけっこううけました。何日かして、その椰子が走り込んできて、「ES通りました!はじめて通った。添削してもらったおかげです☆」とかゆうわけ。ワシ「基本方針というか、考え方の痛さをただしただけだろ。まさかあのまま出したワケじゃないよな」。その椰子「まんまっす」。はっきし言ってしばらく笑いが止まりませんでしたよ。
 そこから通るまでには時間がかかりましたが、結局最終的には大願成就しました。幼少の頃からの夢を実現したという、絵に描いたような生き方をしましたところは、それなりにさわやかだと思います。しかし、それからも苦しくなると、ときどき相談のメイルとか来ます。結局「勝ち組」の論理に固執する限り、苦しみは消えないでしょうね。なにかが違う子とだけはたしかです。