あたまがぐるぐるぐるぐる

 って、今はあしたまなモダチョキなわけだけど、岡大時代これが流行って、ぐるぐるうんちくがいろいろはじまった挙げ句の果てに、どこにいったかというと、うんこ君はどっちまわりかということ。北半球とか南半球とかいう話になって、馬路かよと思った。あんなぐるぐるピトンなうんこ君は、アラレちゃんな世界だけのことだと思っていた。つまりですな、昔トムとジェリーなんかをみると、吉田戦車が言うところのいわゆる一つの「あの肉」っていうのがあったでしょ。つまり短太の肉の両側から骨の出ている椰子。あれといっしょだと思っていたワケよ。
 つまり、ウチの家系では、野太い一本グソがデフォルトなわけ。あろうことかおっかあまでが、「バナナ1.5本分産んできたわよん!」とかバカなダジャレをゆいながらトイレから出てくるわけね。でもっておやぢが「台湾じゃなく南米とかフィリピンバナナな!」とかゆっているわけですよ。でまあ、私も弟もそんなモンだろうということに、まったく疑問をもっていなかった。それどころか、健康なときはまったく紙いらずなのであった。つまり、チャキッと脱水されていて、黒光りしているから、まとわりつかないわけです。残滓もないし。ガキの頃はトイペなんて洒落たものはなく、浅草紙という四角い紙があればよい方。それも白じゃなく、漂白していないボール紙みたいなものを使っていた。それも買えないときは新聞紙。これはね、新聞をきれいに四角に切って使う。もちろんそのままでは、健康なとき以外はダメだから、両手で禿げしくこすりあわせ、揉んで柔らかくしてから使うわけですよ。まだ昭和三十年代ってそんなもんだった。たぶん浅草紙は浅草のりに似ていたからじゃないかと、私は思っている
 で、このようなうんこ君についてのウンちくを岡大で議論をしたときに話したら、ウソだという。つまり彼ら(主としてはウェーバーやっている政治学者)は、吉田戦車風に言えば、「あのうんこ君」にこそ真実があるのだという。そんなモン産んだことねぇと言ったら、ぜってーウソだという。うーん、世の中広いもんだとつくずく感心しますた。
 うちのおやぢは、ここ十年以上観察日記をつけている。表紙には「うんこ日記」と書いてある。ルーペで観察して、「軟便5本」とか書いてあるわけ。でもって、スケッチまでしてある。ものすごく几帳面な字で、微細なことまでが記入してある。80歳近いぢぢいなのだが、多くはウチのデフォルト形状であり、その量の多さに驚く。わけわかめだ。もっともそれで、ごく初期の大腸ガンを発見して、手術したんだからたいしたものである。この日記をブログにうぷさせらものすごくウケるのだが、デジカメで写真撮って、アップしかねないのがうちのおやぢ。ヤヴァイので教えないでいる。