魂を失った者の意味−−『半落ち』をみる

 ドナー登録をしようにも、使えるのは角膜だけじゃないかみたいなことを、教え子とかにも言われ、なるほどと思いつつ、なんか自分も役に立てたらと思う素朴な気持ちもあって、だったら献体くらいはできないかなぁなどと、思い出したりもしている。献体で思い出すのは、岡山に赴任してまもなくクラス担任していた学生がアメフトの事故で亡くなって、山口まで葬儀にいったことである。そこでの、友だちや、文学部の研究室スタッフの悲しむ姿は一生忘れないだろう。親御さんは住職で、飄々と葬儀を終えられ、遺体は救急車にのせられ岡山大学の医学部に送られた。お見送りは高速道路で行われた。その光景を見たときから、献体のことは考え続けている。そして、献体するなら、自己負担しても岡山大学だなぁと思うのである。今の勤務校にも愛着はあるし、また岡山大学の医学部や歯学部の学生が尊敬に値するような連中ばかりではないこともわかっている。しかし、自分の死にひとつだけ意味づけをできるとすれば、やはりそれなんじゃないかなぁと思う。と同時に、意味づけを行いたいという気持ちの愚劣に吐き気がするような気もしないことはない。なにか儀式のようなものを期待する気持ちがどこかにあるのかもしれない。それじゃあ、自分の銅像つくったり、ものすげぇでかい墓を建てたりするのと同じだわな。がびしゃんみたいな太鼓腹のホルマリン漬けを前に、教官になった受講生の一人かなんかが一言なんかゆったりして、でもって真っ黄色の皮下脂肪ぶりぶりのやつを学生が解剖するなんざ。ちょっとブラックがすぎるかもしれねぇなとも思う。散骨な潔さをこそ、重んじるべきなのかもしれない。まあしかし、それも意味づけだし、んなことまで本人が口出しすることじゃないわなぁ。
 今日は『半落ち』をみて、一気に社会学概論の採点を終わらせた。この映画は、アルツハイマーの妻を嘱託殺人してしまった男が、自首するまでの空白の2日をめぐって、たたかわされるドラマを、人と人とのメンツと誠意がぶつかり合い、許しと懲罰という二つの「あいだ」にある真実のアンバランスと、能作の無意味と意味といった、図式的な二項的図式により、わかりやすく提示したものである。男はなぜあとを追って死ななかったのか?いちおネタばれはまずいと思うんだけど、私は、男があとを追って自殺しなかったわけ=アルツハイマーの妻@「魂を失って壊れてゆく者」の存在がコロされなければ持っていた意味ということなんじゃないかと思った。自分にその意味がなくなったときに、男は自殺する決意をしていた。そしてそれを見据えて、裁きは下された。吉岡のあんちゃんが裁判官というのはワロタけど、そのオヤジが名判事で、でもってアルツハイマーという設定は、すごくわかりやすくて、みやすいとおもった。
 「魂を失って壊れ逝く者」と、私たち家族は十年以上も対峙した経験がある。ばあさまが、呆けちゃったからである。徘徊し、食べまくり、うんこしまくり、騒ぎまくりだった。まさに、「逝ってよし状態」だったわけだけど、なんか陽気でおもしろいばあさまだった。踊り踊ったり、歌を歌ったり、公園で誘拐踊りを踊って子どもをあやしていたら、当時誘拐事件が頻発したこともあり、とっつかまって交番に迎えに行くみたいなこともあった。父親が警察官だったから大笑い。親は馬路大変だったと思うけどね。二部屋に六人家族だったけど、にぎやかな家族で、いて当たり前の存在だった。近所や家族のつながりがあって、そんな風におもしろおかしくできた面もあるのだともう。ただやっぱ、それはいわゆる「家父長制的なもの」なんだよね。母親は養女で、ばあさまがアニキのところからもらってきたんだから。でもって、「親のめんどう見ろ」とイニシエーションされてそだったわけ。要するに、「人生が二度あれば」「無縁坂」の世界なわけですわ。死んだとき、ちょうど自宅に風呂つくってたんだけど、もう母親は鬼気迫るっつーか、死体でも入れるとか、わけのわかんねぇことになって、ぢいさまが「んなことして、目ひんむいてるじゃねぇか」と一喝して、みんななんだかわらっちゃって、ちゃんちゃん。風呂もない貧乏な家だったけど、にぎやかだった。私たちは、そういった家父長的な世界から離脱して今に至っているけど、親はいまだに横浜に住んでいる。出かけるとき、鍵を近所に預けられるようなまちだ。誰が言ったか「老人が一人で安心して死ねる街」。町内で職人になった家だけは、子だくさんで、いまだに近所はにぎやかだ。しかしまた、そこは高度成長からとりのこされた街でもある。
 横道にそれたけど、結論なんかあるわけもないんだろうね。廃棄物同然に処理されるか、神のように大事にされるか。人それぞれ。ただ、意味ってやっぱり、しゃにむにわしづかみにするもんでもないんだろうな。それじゃ、ストーカーまがいの告白になっちゃうかも。修士論文みたいなラブレターっつーか。w