ハーヴェイ『コスモポリタニズム』

 世界史教育を主題としている院生が上原専禄の世界史教科書に興味を持っていると聞き、驚いた。それがどのような意味かは、これからうかがうことになっているのだが、さまざまな想像力がかき立てられる。上原の名前を意識したのは、良知力が大学生協かなんかのリーフレットに、在学中に読んでおくべき本というようなエッセイを書いていて、そこで一冊進めるなら『資本論』、そんな時間がないなら上原の『歴史的省察の新対象』一冊読んでみたらどう?、と書いていたことによる。良知は、その数年後に『向こう岸からの世界史』を書く。ビザンツ史の渡辺金一は、思い出を語るような人ではなさそうだったから上原の影響とか口がさけてもゆわないだろうが、中世ローマ帝国論を書いて、世界史像の刷新を試みている。後進の歴史学の篤実な研究者たちが、世界史を論じていることに対して、上原は少なからぬ影響を及ぼしているように思う。
 上原の著作を読むなかで、とりわけコスモポリタンということばに惹かれた。1980年にコスモポリタンという雑誌が出て、されおつなイメージがあったこともあり、にわかの借り物ゲームでいろんな論考で使った。岡山大学での助教授昇進人事の時、私の論考の一つを読んだガンジー研究者が、インターナショナルじゃなく、コスモポリタンというのがよかった、と言ってくれた。保守思想を基本とした人だと思っていたので、やっぱそうだったか、としか思わなかったのは、今思えば浅慮であった。ウェーバーを読み通した上で、政治思想を論じていた研究者だった。インターナショナル嫌いなんぢゃね?とか思ってた私は、良知力も柄谷行人もちんぷんかんぷんだったことがよくわかる。
 共著者中村好孝が、新しい訳書を送ってくれたとき思い出したのはそんなことであった。

コスモポリタニズム

コスモポリタニズム

アマゾンの紹介より

地理学を欠いた“自由と解放"は、“暴力と抑圧“に転化する。グローバル資本主義に抗する“コスモポリタニズム"を再構築する〈地理学的批判理論〉の誕生。


政治的理想が灰燼に帰すのは、地理的状況の複雑さを無視するからである。
“地理学的知識"を社会的・政治的政策に組み込むことは、絶対条件である――
“自由"“解放"といった世界の理想を求めて語られた普遍的価値は、政治権力の正当化に悪用され続け、そして現在、新自由主義グローバリズムに簒奪され、抑圧的なものへと転化している。しかし、世界史的な転換期にある現在、新たな理想と普遍的価値を世界の人々が求めている。本書は、地理学の根本概念(空間・場所・環境)を存在論的に再検討し、社会理論と政治活動の基盤とするべく地理学的知識を再編成することよって、〈地理学的批判理論〉として誕生させたものである。幻想的な理念ではなく世界の人々の実体験に根ざした、解放的なグローバル・ガバナンスにふさわしい、新たな“コスモポリタニズム"が再構築される。

【「アメリカ地理学会 年報」評】

デヴィッド・ハーヴェイは、現在、最も影響力のある地理学者の一人であるが、本書によって、地理学的な見識をもとに、政治学・経済学・社会学・哲学などを結びつけ、壮大なる批判理論を構築した。そのオリジナリティあふれる議論は、今後間違いなく、激動の21世紀世界に、大きな論議を巻き起こし続けるだろう」(要約)

 中村好孝も、オッタマゲーションな「階級!」ゼミの出身である。二十代半ばくらいで平子朝長と現代資本主義論の共訳書を出している。このことは、中村の学識や語学力がどのようなものであったかを雄弁に物語っているだろう。他方で、精神保健福祉士の資格を持ち、現場で働くとともに、「ひきこもり」などの研究をしている。ハーヴェイの翻訳チームに加わって以来、その仕事を続々公刊されている。
 私は、こうした学識に基づくミルズ研究が集大成されることを楽しみにしている。中村ほど篤実に原典や研究書を読み込んでいる人は少ないからだ。訳していると、書くことがいやになるときがある、と中村が言っていたことを何度も思い出す。そのことばには、私への批判が込められていたと思うし、かきようはいくらでもあるじゃないかなどと思っていた。しかし、最近では、ちょっと違うのかもしれないと思う。つまり、たとえば、ミルズ→コルコ夫妻といった路線で、つまりは現代帝国主義論などを踏まえて、世界資本主義を論じるという方向性でも、中村の考えていることを受け止める容器としてはいまいちなのかもしれないということだ。そんなことを考えながら、勉強させてもらいたいと思っている。ありがとうございました。