浅野智彦『「若者」とは誰か:若者論の30年(河出ブックス)』

 学説史や理論研究、地域や家族の調査研究などが、日本社会学会大会の報告の大部分を占め、理論学説なんかは人別に部会があり、マルクス1、マルクス2なんてこともあったような、時代において、文化と社会意識なんて部会は、一部会あったかないかだったというようなことは、『アイドル工学』の著者が同部会の司会をされたおりに、おっしゃっていた。マルクスでもパーソンズでもなく、というような気概と、社会心理学的な社会学理論と、独特の執筆センス、筆力から生み出された作品群は面白かったが、オーソドックスな社会学とは見なされていなかったのではないか。
 しかし、机を並べて勉強した藤村正之くんが会長の青少年研究会は、着実な成果を上げ、若者研究を一つのオーソドックスな領域として確立した。また、国際的にも成果を問われている。選択化論、生きづらさ論、対人フリッパー論などは、社会学のスタンダードなキートピックとして、公務員試験などに出題されてもおかしくないんじゃないだろうか。てか、もう出題されているのだろうか。
 着実な調査研究を重ねてこらえた共同研究成果を踏まえながら、若者論のキートピックを概観する著作を、出版と同時にいただいた。ありがとうございました。

消費社会化、「個性」重視の教育、自分探し、オタクの浮上、コミュニケーション不全症候群、ひきこもり、多重人格ブーム、「キャラ」の使い分け、分人主義…若者たちは自らのアイデンティティをいかに探求し提示してきたか。大人たちはそれをいかに捉え語ろうとしてきたか。消費からコミュニケーションへ、そして自己の多元化―若者のリアルと大人の視線とが絡み合いながら変化してきた30年の軌跡を鮮やかに描き出す。


【目次】
第1章 アイデンティティへの問
1 : アイデンティティという「問題」
2 : 統合を目指す自己:エリクソンアイデンティティ
3 : 多元化する自己:リースマンの社会的性格論
4 : 統合と多元化との緊張関係

第2章 それは消費から始まった
1 : 消費とアイデンティティ
2 : 消費社会論の時代
3 : 消費社会化とアイデンティティの変容
4 : 虚構化する自己

第3章 消費と労働との間で
1 : 臨教審:個性を尊重する教育の登場
2 : ゆとり教育:個性の二重の含意
3 : 学校から労働市場へ:やりたいこととしての個性
4 : 個性尊重教育から多元的自己へ

第4章 「コミュニケーション不全症候群」の時代
1 : オタクの浮上
2 : オタクとは誰のことか
3 : コミュニケーションの失調としてのオタク
4 : 消費からコミュニケーションへ:転轍機としてのオタク

第5章 コミュニケーションの過少と過剰
1 : 自閉主義
2 : 友人関係の濃密化
3 : コミュニケーション希薄化論
4 : 過剰なコミュニケーション/過少なコミュニケーション

第6章 多元化する自己
1 : 状況志向化する友人関係
2 : 状況志向的友人関係と自己の多元化
3 : オタクにおける多元的自己
4 : 多元性から希薄化への読み替え

第7章 多元的自己として生きること
1 : 多元的自己の広がりとそれへの評価
2 : 自己の多元化は生存を助けるか
3 : 自己の多元化は政治参加・社会参加を抑止するか
4 : 自己の多元化は倫理的たりえないのか
5 : 出発点としての多元的自己
http://p.tl/iGma

 概説的な著作であるばかりでなく、自己の社会学の体系化、と言って悪ければ、利いた風な言い方になるが、一つのプロレゴーメナとして読むことができるように思われる。私がこの本の出版がうれしいのは、選択的自己、多元的自己をもとに、辻泉さんの選択化の意図せざる結果としての同一化、という議論をもじって、意図せざる結果としての生きづらさの問題を考えることを、共通課題に据えているからである。調査実習は調査票を下敷きにし、ゼミは理論の学習、って感じで、卒論もほぼその延長線上で書かせるようにしている。その中で自分なりのひねりを見極めようとしていることはもちろんだけど、ともかくテキストとしては待望のものであり、早々と来年のシラバス予稿として発表してゼミ募集をした。
 恐ろしく上手な整理の向こうに見えてくる、「エロいもの」を見極めることができるだろうか。ようやく味読の時間ができたので楽しみだ。