坂田勝彦『ハンセン病者の生活史 隔離経験を生きるということ』

 仕事がたまっていて、なかなかお礼が書けないものがたくさんある。何週かまえにも、坂田勝彦さんからご高著を送っていただいたがほっぽってあった。お詫びするとともに、心からお礼申し上げたい。たまたま、ある論文のことで事務的なやりとりがあり、何年か前に国立療養所栗生楽泉園を女子大の同僚や学生たちと訪問したときに、いろいろ解説いただいた方(当時院生)だとわかった。そんな偶然で、お気遣いいただいたのだと思う。私のようなものにご配意いただき、本当に恐縮している。

ハンセン病者の生活史―隔離経験を生きるということ

ハンセン病者の生活史―隔離経験を生きるということ

 療養所に隔離されることを余儀なくされたハンセン病者は、戦後社会でどのように実存を模索して、療養所の内外の他者との関係性を編み上げてきたのか。多磨全生園の入所者の声を丹念に聞き取り、さまざまな日常の営みからそのリアリティーと歴史に迫る。

目次

序 章 ハンセン病療養所で生きるという経験をめぐって
 1 全生園というフィールド――ハンセン病療養所の過去と現在
 2 ハンセン病問題とは何か――既存研究のアプローチから
 3 隔離を生きる経験への社会学的接近――日常的実践と共同性
 4 調査の概要と本書の構成

第1章 隔離を構成する機制と実践――戦前期の全生園の日常から
 1 「全生村」という呼称の奥行きをめぐって
 2 病者を取り巻く近代の機制
 3 構造的制約を異化する実践

第2章 〈社会復帰〉という実践――ハンセン病療養所退所者の経験から
 1 ハンセン病療養所における「戦後の変化」とは何か?
 2 〈社会復帰〉という実践をめぐって
 3 希望と困難
 4 〈社会復帰〉経験の深層へ――ある退所経験者の軌跡から
 5 複数の関係性と自己を生きる

第3章 自己の確認をめぐる攻防――ハンセン病療養所にとどまった人々の「戦後」経験
 1 もう一つの「戦後」
 2 「転換期」を生きる――ある「職工」の生活史にみる生業と自己
 3 さまざまな葛藤のなかで
 4 実存の模索――ある「職工」の生業に対する語りから
 5 人生を物語ることの意味

第4章 療養所の内外へと広がる社会的世界――「ふるさとの森」作りの取り組みから
 1 迫り来る死を前にして
 2 戦後日本の社会変動と全生園入所者のリアリティー
 3 解体する療養所の在り方――全生園での「作業」「自治」の崩壊
 4 「ふるさとの森」作りの取り組み――緑化活動とその意味
 5 「ふるさとの森」の現在が提示するもの

第5章 「終わり」と向き合う――全生園入所者による歴史記述の諸実践から
 1 全生園入所者による歴史記述をめぐって
 2 「終わり」と向き合う――ハンセン病療養所入所者の一九七〇年代
 3 過去の想起と共同性

終 章 〈想い〉の地形学――ハンセン病問題の過去・現在・未来
 1 全生園北部の一角から現前する共同性
 2 〈共生〉への試論

あとがき
http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-3339-4

 坂田さんと療養所をまわったときの記憶は、鮮明に記憶している。同療養所のことは、最近、重監房復元が決定されたことが報道された。高い壁に厳重に囲まれた懲罰監獄である。そこで亡くなった患者も少なくなく、日本のアウシュビッツなどとも呼ばれたらしい。呆然としていると、坂田さんから、無理矢理ここに連れてこられたんですよ、なにも感じませんか、というようなことを話しかけられた。私は岡山にいたし、この問題についてはかなりの本を読んでいた。なぜ話しかけられたのかを何度も反芻した。テンパって軽口を叩いたりしてなかったか、とかいうことじゃなく、学部時代からことあるごとに考えてきた問題と関わる。
 そのときは、園内の共同浴場は温泉が引かれていて、外部者も入れるみたいだから、まずそこに入って考えることが重要じゃないか、などと考えた。有薗さんが岡山の療養所を調査したときに、そこのバンドのことを調査してきたときや、療養所のお祭りのことなどを聞くたびに、草津でのやりとりを反芻し続けてきた。
 さて、本書は、草津ではなく多磨全生園の入所者の調査に基づいて書かれた本である。今回本を少しだけめくってみてはっきりしたのは、坂田さんの研究にとり、「隔離経験を生きる」というのは鍵となる言葉であるということだ。副題にも掲げてある。何度もこの言葉を反芻しながら、聞き取りを重ね、本をまとめたのだと思う。
 そして、目次を見れば一目瞭然だが、「隔離経験を生きる」ということが、〈社会復帰〉、自己の確認、広がる世界、「終わり」との対峙、そして〈想い〉の地形学などということばによって、考え抜かれている点に、感銘を覚えた。実に見事な論文構成になっているように思った。特に、「ふるさとの森」作り、〈想い〉の地形学という言葉は、鮮烈である。そして、一緒に入浴するなどという苦し紛れの思いつきではなく、じっくりと考え抜かれた論述がなされている。草津でお会いしたときの坂田さんは、まだ論文を公刊し始めた頃だったように思う。あの日問いかけられたことが、また別様に反芻され始めた。
 問題内在的な著作ではあるが、社会学的な思考が駆使されている。そして、調査法という点でも、鍛え上げられた結果であるだろう。今後のご発展をお祈りしたい。