佐藤郁哉・芳賀学・山田真茂留 著『本を生みだす力』

本を生みだす力

本を生みだす力

 山田真茂留先生からメールをいただき、芳賀学先生とご一緒に出された本をくださるということで、本当に恐縮した。一度は自分で買います、と言うべきところかとも思ったが、じたばたせずにいただき、お礼を申し上げ、教室で紹介などにつとめるべきだと考えた。概論系の授業をどこの大学でやる場合も、『Do!ソシオロジー』(有斐閣)を用いている。そのなかで、なぜ佐藤郁哉先生執筆の章が、出版論なのか、なかなかわかりづらいと言う学生がかなりいた。そういう学生に恰好の参考文献が出たと言える。本当にありがとうございました。
 もちろん十分な読解はできず、めくった程度である。また私の力量的に、学問的な評価などはできないのだが、めくった範囲で、ユーザーとしてのコメントを若干しておきたい。
 本の概要は、新曜社のサイトに詳細に書いてある。また目次も丁寧に書き抜いてある。そして、さらっと読み、とと言うことで、本文の一部が抜粋されている。科研研究の成果のようなので、科研のサイトを調べたら、もう一人の研究者のお名前があった。この方は・・・と思ったら、ご逝去されたことがあとがきにあった。
http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1221-4.htm
 まず冒頭に、概念が提示され、理論構成が行われている。佐藤郁哉先生のゲートキーパー概念、芳賀学先生の複合ポートフォリオ戦略概念、山田真茂留先生の組織アイデンティティ概念によって、学術出版という動員の構図と、それを取り囲む社会のありようが、主題として提示される。
 『Do!ソシオロジー』に引きつけて言えば、グローバル化、自由化という変動の中で再編成されている20世紀的な枠組のなかで出版がとりあげられ、検討され手いるということになると思う。そして、商業性、合理的組織・・・などの文化社会学の重要イシューに照らして、動員の構造と戦略が事例的に丁寧に描かれてゆく。
 複合ポートフォリオ戦略というのは、非常に含蓄があることばであると思う。組合せの関係性、まとまり、さらには「おさまり」といったものを、巧妙に表現し、かつ、イシューが明解にパラメーター化されており、マジックワード化させない配慮が拝察された。それでもなお、ブルーマー、そして佐藤郁哉先生の方法論研究を踏まえて、注意深く感受概念(sensitizing concept)として位置づけられている。

 本書では、基本的に、すでに確立された出来合いの概念を精巧なレンズのようなものとして用いて研究対象の姿を微細に把握する、というアプローチはとらない。むしろ、われわれは、大まかな研究の方向性を示す概念(感受概念)という、いわば未だあら毛図に路段階にあるレンズを通して具体的な出版社の事例や研究対象の姿を少しずつ浮かび上がらせていこうとする。それと同時に、本書では、その事例研究を通じて、レンズ=分析用具である概念そのものを磨き上げて行くことも目指していく。(p.35)

これに続いて、ハーベスト社、新曜社有斐閣、東大出版という4つの出版社の事例研究が詳細に検討されている。あとがきを見るならば、この他にも、出版社は異なるが、著名な編集者たちに調査したことがわかる。これは非常に面白い。
 ハーベスト社の獅子奮迅については、ツイッターでフォローしているので、ときおり拝見する。しかし、すべてを一人でこなしているとは知らなかった。なんか一人ユニットのバンドみたいだ。『ストリートワイズ』的なものだとか、あるいはブコウスキーの小説などについて、やりとりをしたが、それを醸成したのが奥田ゼミだったというのは、はじめて知った。「本を生み出す力」として、私はまずそういう面にばかり注目してしまうが、本書は冷静に事実を積み重ねてゆく。
 新曜社といえば、恩師のゼミ出身で、詳細な添削、コメントで知られるO氏を思い出す。はたして『ジェンダー社会学』にも言及があり、プロデューサー的な役割を果たしていることに触れられていた。私的に言えば、この画期的な企画に柴門ふみのマンガが用いられていたことが、一番ぶっ飛んだことだったのだが、その件には言及はない。って、あたりまえか。w なくなった大編集者へのオマージュというような位置づけを本書はもっているわけだが、冷静に事実が分析されている。
 極私的なことを言えば、山田先生と知遇を得るきっかけとなった社会学者故田中宏先生のご著作もこの出版社から出ている。ご葬儀で上田市に行ったことを思い出す。担当がO氏だったにも関わらず、芯の強い執筆ぶりであったということなどを思いだした。上京研究などをやっていたこともあり、地方都市でのご葬儀は私を非常に情緒的にした。
 有斐閣は組織アイデンティティ概念との関わりで詳細な検討がなされ、東大出版は大学出版の事例として分析されている。有斐閣は、ヘビーユーザーということもありよく本をいただくところである。東大出版は、サークルの後輩が在籍していたことのある出版社である。この辺はまだめくっただけである。
 そのあと、事例研究を踏まえて、ゲートキーパー概念、複合ポートフォリオ戦略概念、組織アイデンティティ概念という3つのレンズが磨き上げられる。文化と商業性、職人性と官僚性といったパラメーターが丁寧に吟味されている。この辺はついついアバウトに流してしまいがちのところだと思う。調査研究者の凄みのようなものを改めて実感する。そして、「ファスト新書化」などの出版動向を踏まえつつ、制度分析のかたちで締めくくられる。この辺の章立ての仕方などは、卒論の指導の時に模範として使ってみたいところである。