ことばすくなに

 道を歩いていたらヘンなおっちゃんに「ちょっとすみません」と声をかけられたので無視した、なつかしいものがあった、とうちの母親が言っていた。戦後の混乱期においては、そんなふうに声をかけて、いきなり「金かしてくれ」みたいに言って、寸借するヤツがけっこういたらしい。なんかやっぱり格差社会で、貧困がシャレにならなくなっているのかね、みたいなことである。戦後の混乱期をしぶとく生きてきた人々は、まあある意味すれっからしなのであった。まあしかし、そんなときに、一万円いるの、それとも十万円とかいって、寸借野郎をビビらすような「育ちの良さ」も、それはそれで筋金入りだと思うけど。ジツは、アテクシもこの前、「すみませそ」と言われたので、速攻無視した。すべからく拒絶のコツは無視に限る。「・・・だからダメ」というセリフは、心の隙と言っても過言ではないのである。
 こういう作法は私たちの業界にもあって、長口舌みたいな全面展開は話がクリアにトレースされていたり、ウルトラ論理的だったり、有無を言わさない圧倒的な存在感があったりすれば別だが、ウニウニしだしてしまったりすると、学会でも会議でもちょっちねになってしまうのである。忘れもしない院生時代指導教員の先生に「君がよく勉強しているのもうわかったから。話長すぎるよ。気をつけないとバカにされるよ」と言われ、ゼミ生一同にゲラゲラされたのは、岡山に就職するときに言われた「これからは勉強よりカラオケ」ということばと双璧の金言であったと思う。
 一定の人たちの間では、こういうのが分別装置になっているようなところがあり、学会とかで話していてもふと気づいて、ハッとするときがある。顔をあげると、いやな表情が目に入ったりすると、甘いぜ、ヲ・タ・クと心の中でつぶやけたりもするのだが、微笑みを湛えていたりすると、救われない。そういえば、学魔の『つくりかた』においても、恩師の授業においてクラスに問いが投げかけられ、いろんな奴らがヲタヲタしたり、だらだら展開している間に、頭の中でことばを削りに削って、でもって最小限に圧縮した一言をボソッと答えるという下りがある。センセーは、ポンと肩を叩いて、「君(・∀・)イイ!!」と言ったらしい。
 ちょっと違うが、今風に書くとこんな感じ。削りに削った渾身の、しかしさりげない、微笑みに綾取られた、一言フゥッ、っていうのを絶賛されている人を、今まで数多くみてきた。まあしかし、こんなものを猿まねでやっても、居酒屋に入って、いきなり「不器用な男ですから」とボソッと言い、店のママとかに「何このタコは」みたいに思われるのと大差ないような、ミゼラブルになることは必定だろう。
 言葉少な、とか、寡黙とかいうのも、そんなものなのかなと、思わないこともない。昔から口数が多く、そのバカ騒ぎに少なからずコンプレックスをもってきた。今でも、授業なんかで、ネタを思いつくと、本筋そっちのけで人笑いさせ、それがさらにいくつかのネタを誘発し、と、なんつぅか、ネタのクラスター爆弾みたいな授業になって、しかもそれがちっともパンクじゃないという悲惨な状況に、「雑談が多すぎ」などとワイルドな感想がなげかけられたりするんだが、昔の友人で寡黙な人がいた。で、それを話したら、「ボクは話すことがないから」とボソッと言っていたのは、すごく救いになった。
 良知力先生のゼミにおける沈黙というのは有名で、ゼミ生が発言しないと、30分でも1時間でも2時間でも先生は黙っている。ゼミで、一分の沈黙にも耐えられない反地区な女子大教師と大違いの大貫禄だと思うことにかわりはないのだが、ある友人がその沈黙について、「あれは何も考えていないの」とか言っていたのは大笑いだった。もっとも、この話を別の愛弟子@良知ゼミに言ったら、マジギレしていたので、怖い怖い。
 ドラマ「白い春」をみる。ムショから出た阿部寛が、幸せの黄色いハンカチみたいに、大衆食堂でカツ丼あてに、ビールプハーってやるかというのが興味で、録画しておいたのだ。まさかと思ったら、キター、大衆食堂。カツ丼イケイケと思っていたら、頼んだのがさしみと焼き魚とカツ丼と天ぷら。それにビール。犬さんとだいぶ違う。でも犬さん一応意識しているぜみたいに、喰って飲んだが、飲みっぷりも違う。でも、演技派の阿部だから、それなりに笑う。ジツは、労働者の街で育ったから、子どもの頃から飲食店でこうやって喰っていた人何回かみたことあるなぁ、と思った。あれムショ帰りだったんだな。
 ムショ帰りは、むかし戸別訪問でゴム紐とか売りに来たんだよな。うちにもベタに来て笑いましたけど。で、阿部ちゃんの場合は、どうかというと、ごちそうはみんなくって、ビール飲んで、喰い吐き。金取られて。喰い逃げ。ってごろよすぎぢゃね?というのはともかくさ、派遣村とかネットカフェとか、世相を表現していて、風俗ドラマか!みたいな。
 それにしても、つーか実父が阿部寛で、養父が遠藤憲一キャシャーンとかタケゾウとかスナイパーとかやっているとは思えねぇけど、まあ一本気職人気質という筋道はとおってるのかね。でも、エンケンすごいと思う。「湯けむりスナイパー」とこれと両方出てるからな。