船津衛『社会的自我論』

 船津衛先生より本をいただきました。献本したあとは、きまって独特の毛筆でご書状をたまわり、そして近著を送って下さったりしています。恐縮するとともに、お礼申し上げたく存じます。
 放送大学のテキストであり、「自我の社会理論を展開した研究者であるC.H.クーリー、G.H.ミード、H.G.ブルーマーらの理論を中心に検討。社会的自我論の問題を明らかにし、新たな自我論の形成を目指す。」という内容の本です。社会学的自我論の最近の成果を盛りこみながら、船津先生独自の自我論の体系化をめざしているように思います。物語論構築主義の成果を紹介し、ナラティブ=自我と規定しながら、自我の主体的構成について一つのモデル(p169)を提起していることは、かなり踏み込んだ論じ方だと思われます。要となるパラメーター的着想として、オルタナティブ・ナラティブという観点を提示しており、モデルは単純な予告編的整理にとどまらないものと拝察します。

社会的自我論 (放送大学大学院教材)

社会的自我論 (放送大学大学院教材)

目次
まえがき
第1章 社会的自我論の展開
第2章 近代的自我論から現代的自我論へ
第3章 現代人の自我のゆくえ
第4章 自我と第一次集団
第5章 「鏡に映った自我」
第6章 自我と「自己感情」
第7章 自我と「役割取得」
第8章 「主我」と「客我」
第9章 自我とコミュニケーション
第10章 自我とシンボリック相互作用論
第11章 自我と「自分自身との相互作用」
第12章 自我と役割形成
第13章 自我の社会的コンストラクション
第14章 自我のナラティブ・コンストラクション
第15章 自我のリコンストラクション

 大学院の受験準備に船津先生の『シンボリック相互作用論』や、「物象化論と自我論」などの論文を読んだことを思い出します。マルクス主義の影響力の強い哲学のゼミにおいて学んでいたこともあり、船津先生の社会構造や物象化に配意した議論は、哲学から社会学へと転向するときに重要な手がかりになりました。
 当時のマルクス主義は、人間主義的=疎外論的主体性論の批判的検討が重要な課題になっており、主体客体の弁証法が模索されていました。それは同時にアメリカ社会科学への批判をもにらんだ議論であったと思われます。人間の能動性をめぐるミードやブルーマー、そしてミルズの知見は、そうした議論の文脈において批判的に検討されていました。私はself(I ⇔me)という自我の逆説的論理を洞察していたミードの知見や、genericなロジックを探求したブルーマーの知見を、ヘーゲルの議論と結びつけることを夢想して、フィヒテにまで遡及してこの論脈を検討していた優れた先輩たち(豊泉周治さんたち)に嗤われていました。
 他方機能主義系の社会科学のほうでも、主体性の問題は重要な問題であり、その機能主義的検討が模索されていたと思います。ミードの洞察は、さまざまな制約を含みつつも逆接性をとらえていた点で、多くの社会学者の注目を集めていました。そこで、能動性を強調するブルーマーや船津先生の議論は、ひとくくりにされながら、論理的内実を問う論争が仕掛けられました。後輩の安川一は、そこで貢献度の高い論文を書いています。
 それから25年くらいの年月がたち、さまざまな社会理論、自我理論が登場していることは、言うまでもないでしょう。今回の船津先生の著作はそうした学問の動向と関連づけながら、自我の逆説的構造の論理をわかりやすく説明するものになっているように思われました。自我をめぐるさまざまな今日的諸問題を考える場合に、自我の動的逆説的構造を無視すると、議論は、気づかないところで脳天気で平板なものになってしまうというような、遂行矛盾の愚をさりげなく指摘しているようにも思われました。