小林まこと『12の3四郎2』を読む

 昨日、原稿が一段落して−−締め切りなしはのぞいて−−少しだけ時間が出来たので、部屋の片づけをすこしだけした。埋まっていた本のなかで、小林まことのマンガ『12の3四郎2』があって、しばし読み入ってしまった。完全主義で原稿落としなどで知られる小林であるが、アントニオ猪木な世界をマンガとしてスタイル化した人として、他の追随を許さないものがあるなあとあらためて再確認した。
 小林の『12の3四郎』は、最初単発で出た柔道漫画で、柔道の試合なのにブレーンバスターで勝つというギャグなオチを、格闘技激萌えな超馬路なパトスで表現するという離れ業をやってのけ、また男子高校生な劣情を小ネタにした軽妙な人間観察、透徹したキャラ設定などにより、独特の作品世界をつくりあげた。小林の描いた、プロレスや柔道は筋立てとかそういうところじゃなくて、ファイトのぶつかり合いの間/魔を表現するものであるように思われる。この点で、単にスポーツ根性者をギャグのオブラートで包んだという類のものとは、一線を画しているように思われる。投げ技、〆技、キック、打撃系、空中殺法、グランドテクニックなどなどから、ロープリバウンド、デスマッチな狂気、勝利の雄叫びなどなどまで、プロレスファンが「萌え」と思う間/魔を躍動感あふれる絵にしているのは、本当にすごいと思う。
 なみの観察では、こんな絵は描けないように思う。『柔道部物語』などの作品を見ると、小林は絶対柔道部となんらかのかかわりのある人だと確信する。豪快な背負い、内股、鎖鎌のような狩り技、寝技の躍動、〆技や関節技などから、勝負の気合、駆け引き、それからもちろん日常的な練習などなど、「ここをミロ」という観戦の手引きのようなものになっているようにも思われた。これに対して、プロレスの方は、やはり観戦者としての眼を強く打ち出したものになっている。桜五郎という悪役レスラーに3四郎たちは入門するわけだけど、この悪役レスラーの闘魂や、ファイトの間/魔が絶妙なものとして描かれている。実力でもトップになれた、というような想定で、しかし悪役に徹している。しかし通なプロレスファンはその気合に萌え萌えになっている。リングにカムバックした桜五郎が、ファイト中気合で「うんこ〜〜!!」と雄叫びをあげる。気合とトラウマとワハハが、ピタッとひとつにキマる瞬間の間/魔であるわけだけど、そこで「おお出ました!!往年の気合ウンコ!!」という実況の言葉を入れた小林まことには脱帽するしかない。ここにはプロレスのすべてがあると想う。
 『12の3四郎2』は、猪木なプロレスファンが、総合格闘技に送りつけた挑戦状のようなもので、セメントファイトな世界の魅力をあますことなく描き、かつワハハで、トラウマで、馬路な闘魂な間/魔が横溢していて、このマンガを読んでいるだけで、夢中になってプロレスを見たころを思い出す。ヘッドロック、トーホールドのような基本技も手を抜かず描いている。昔感じた一瞬一瞬の夢中が、絵に置き換えられていて、またこんなプロレスを見てみたいなぁと思う。ただそれで、プロレス人気が昔のかたちで、復活するとは思えない。地域密着という今時のお題目もここでは通用しないだろう。みちのくプロレスみたいな一種の地域密着もあるけど、興行は東京ディペンデントだと思うし。むしろ多チャンネル化と、総合最強決定バウトみたいなシステムが確立しつつあるところの方が、興味深いと思う。
 私はけっこう真面目に女子プロレスが好きなんだけど、って、ビューティーペアとかみたいな歌手まがいというよりは、小畑ちよから、カンドリなんかに至るストロングスタイルにひたすら興味がある。小林まことはそんなところにも注目していて、キャンディー藤原という女子プロレスラーのキャラを作っている。不細工だけど、実力はホンモノみたいな設定。これ以外にも、中堅の職人で若手の鬼コーチ荒井だとか、よくプロレスを見てないと絶対描けない味わい深いキャラがいろいろ登場する。そのほかにも、女性キャラや、オタクキャラ、先生とか、新聞記者とか、いろんなキャラを随所に配し、コクのある作品世界をつくっている。
 そんなことをやっていて、遅くまでおきていて、結局早起きは昨日までで終わり。またゆっくり起き、メイルなどをチェックして、それから月曜日の文化社会学のプリントをつくった。後期は、社会心理史を講義する。とりあえず『21世紀の現実』にあった見田宗介の15年区分を基本モチーフとして提示するつもりである。いろんな区切り方を紹介するだけでも、後期の講義は終わるだろう。来年は歴史社会学などという名前の科目をすることになりそうだが、まあ南博御大の名前に寄らば大樹の陰をして、社会心理史というものを、じっくり一年半かかって考えてみたいなどと思っている。プリントをつくったあと、阿佐ヶ谷のうさぎやで土産をかって横浜に帰ろうかと思ったら、なんと土曜定休なんだな。フツーそんな定休あるかぁ?知る限り、昔岡山奉還町にあった鳥よしという店ガそうだったかなぁと思う程度。この店は学生たちとよく行った。だって焼き鳥一本40円なんだもん。三人で行って、勘定1.5万円のときがあった。酒は大ジョッキ一杯ずつだったから、たぶん一人百本以上喰っている計算。しまいには、「一人三十本まで」とか叱られたなぁ。なんか粋スジなおばちゃんと、実直なオッちゃんの組み合わせがよかった。駆け落ち夫婦じゃないかなんて言われてましたねぇ。