せつなっぺと横浜ラクレット

 うちの親が胃カメラを撮ったとき、先生が有無を言わさずカメラをぶち込んでうぎゃーとなりつつ、四肢固定され動くこともできず、無抵抗でいるしかない切ない状況のときに思わず放屁するということがあり、「さいごっぺ」という言葉を当てはめたところ、バカ親から「それを言うならせつなっぺだ」と言われ、思わず感動いたしました。昔の人びとの言語感覚のドラスティックなまでの捕捉力にはときおり感嘆するしかないことがあります。岡山に行ったばかりのころ、岡山の老人からとある性技について「せーき○め」という表現をあてはめているのに出くわし、ぶっ飛んで同僚に話し、同僚たちもくりかえし「せーき○め」と口々につぶやき爆笑したものです。それとおなじくらい「せつなっぺ」には笑いました。ちなみにお医者さんも看護婦さんもせつなっぺに表情一つ変えなかったそうです。昨日のロンシャンでは何人の日本人がせつなっぺをかましたのでしょうか。
 ディープインパクト負けてしまいますたね。スタートがうまくいきすたとか、ためごろしとか、重量とか、いろんな原因が挙げられていますが、私は直線二の足使って差しかえしたところでグッとこみ上げるものがありました。アレをしなければ2着だったかもとも思いますが。仮にもしロンシャンに行ったとしても、私なら一枚単勝を勝っただけだろうし、もし勝っても換金しないと思うから、負けたなら負けたなりに競馬ってやっぱりしみるなと、デジタルギャンブルとは一線を画してきた私には思われます。
 ちょっといろいろあって実家滞在が長引いています。で、周りのお店にも少しずつ顔をだせるようになりました。本日は横浜市立本町小学校近くのラクレットというステーキ屋で昼飯。日替わりランチは、ビーフシチューで800円クラスのものとは思えない高級感と調理のセンスの良さがにじみ出る一品でした。私は、ここでは牛の焼いたのをのせたバターライスを必ず喰うことにしているので、それを注文。バターライスの上にいろんな野菜と牛肉がのっていて、そこにたれをかけて食べる。バターライスのうまさと、野菜のうまさが、類するものとの違いを際だたせているように思っています。
 聞くところによるとこのお店は、千葉のほうに畑をもっていて、そこでとれた野菜を調理しているらしく、たとえば力のある農家の野菜を調理する西荻のらぼうの野菜料理がおいしいのと同じような意味で、ここの野菜はうまいんだなぁと実感しました。シェフは、ハングリータイガーというドデカハンバーグで有名なお店でやっていた人らしいですが、その店とはまた違う職人芸の光るお店だと思います。店構えも小ぎれいとかおしゃれとかそういうのではなく、アメリカの田舎町のステーキ屋ってこんな感じじゃないかというようなつくりで、やれ子どもは入れないでとか、気位ばかり高い一流店気取りはまったくなく、講釈抜きのさりげない気配りといい、なんとなく横浜っぽいなぁと思っています。昼のランチは非常にお得感があると思いますよ。ガイドブックなどに出ている店かどうかはわかりませんが、うちの近くの口コミで繁盛しているお店です。
 その後バカ親が警備のボランティアをしている母校の小学校へ。かったるくて目の前のものをとるのもおっくうがっていたバカ親が、役割を得てがんばっているのは、それなりに爽やかなものがあります。親より年下の団塊世代は、世の中のいろいろなトレンドをつくってきたわけで、これからどういうことになるのかちょっと楽しみです。少子化もうダメポというのではなく、遊び倒すような連中も出てくるような気がするのですよ。吉祥寺の家の前のスナックにも「歌声喫茶はじめました」の看板が出ておりましたし。
 ホンダのエタノール燃料だとか、作物から作ったプラスチックなどを目にするたびに、いわば確信犯的に環境問題サークルから民間企業につとめた先輩友人を思い出します。農業な人を工業へと大量動員した時代があったわけですけど、もしかしたら逆の動員をかけるべきときなのかもしれないと思います。食物自給率を100%に近づけたり、やらなくてはいけないことはたくさんあるでしょう。私は、友人先輩の影響もあり、民間企業や官公庁には過大なくらいの信頼の気持ちをもっています。運動に突き上げられながらも、世界でも有数の公害防止規定をつくろうと役人の道をめざした先輩がくりかえしわれわれに説いた言葉を思い出します。
 というところで、本日はくりーむナントカで、長渕剛ファン王決定戦をやるわけですが、どうなるんでしょうね。