石川実『嫉妬と羨望の社会学』

 学位論文となった『ミルズ大衆論の方法とスタイル』を執筆しているときに、石川実先生の論考を熟読した。『ソシオエコノミックス』の布置連関を踏まえて、精神主義的な大衆批判を提起していた西部邁の議論に、機能主義的な大衆批判を対置しようとする私の主題において、集団の機能的自律性に着目した石川先生の大衆論や、部分の機能的自律性や「反抗」を論点とする石川先生や大村英昭先生のグールドナーやマートン読解は、数少ない手がかりだった。*1上記論点で学会報告をしたときに司会をしていただいた。また、岡山でお世話になった福山市立大学のS先生の指導教官が石川先生だったと知り、驚いたこともある。
 そんなこともあり、私と中村好孝氏で執筆した『社会学的想像力のために』が出版されたときに、一冊献本申し上げた。その際いただいたご書状で、マートンに会ったときのことを話してくださった。マートンは、自分がコロンビア大学に採用しつつも、その後確執もあっただろうミルズのことを、ことのほか気に入っていた、と語っていたそうだ。マートンの聡明は、パーソンズ的な逝ってよしとも、ミルズ的な逝ってよしとも異なる、と言う納得とは別の読みの方向を提示していただいたような気になった。貴重なご指摘をいただいたわけだが、さらに近刊の本をこのたび送って下さった。ただただ恐縮するばかりである。

嫉妬と羨望の社会学 (世界思想ゼミナール) (SEKAISHISO SEMINAR)

嫉妬と羨望の社会学 (世界思想ゼミナール) (SEKAISHISO SEMINAR)

目次
はじめに


序章


第I部 嫉妬・妬み・羨望に関わる基礎理論


第1章 社会化と人間の社会性
第2章 社会的比較と自己の位置づけ
第3章 社会的交換概念の適用
第4章 社会的統合におけるダイナミズム


第II部 嫉妬と羨望の構造


第5章 嫉妬の多義性
第6章 嫉妬・妬み・羨望における過程と局面
第7章 嫉妬・妬み・羨望における願望と信念
第8章 嫉妬・妬み・羨望の構図と構成関係
第9章 ノンフィクショナルな事例にみる嫉妬と妬み
第10章 フィクションの世界にみる嫉妬と妬み
第11章 嫉妬・妬み・羨望と文化
第12章 嫉妬などの生成回避または軽減


参考文献/あとがき/人名・事項索引


石川 実 著
定価2,415円(税込)
2009年 4月発行
四六判/288頁
ISBN978-4-7907-1400-2


“嫉妬”の正体を社会学的に解剖する! 他者への関心から芽生える複雑な情動――。嫉妬・妬み・羨望の情動の生成から表面化までのメカニズムを、社会学的・社会心理学的な視角から体系的にさぐる試みを展開した注目の書。
http://www.sekaishisosha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=display&style=full&code=1400

 恐縮しながら、ページをめくった。目次に、端正な構成力を感じ、若いころ耽読した論文を思い出して、なつかしい気持ちになった。論考の一つ一つだけでなく、ご研究の展開も集団の機能的自律性をピボットとして、理論を整理し、そして家族社会学の仕事を展開し、と整然としたイメージがある。他方で、希有壮大な理論装置を組み上げたりはしないところは、いかにも京都学派らしいと思った。嫉妬・妬み・羨望という明解な視点を示し、逆説や皮肉に満ちた現実をエレガントに描出してみせる、と紋切り型をたたみかけてしまうのは申し訳ない限りだが、描出力の精密化のありようをめぐる一つの問題提起にもなっており、いわゆるミクロ社会学、相互行為論の現況などを横目でチラ見しながら、いろいろ勉強させていただきたいと思っている。ありがとうございました。

*1:ドイツの社会学におけるさまざまな議論は、もちろん気にはなっていたが、深みに入り込むと何も書けなくなってしまうと思っていた。そして、英米系の経験論の煮え切らないなりの魅力だとか、国家より個を重視する視点としては英米系のほうがやっぱり、などと自分に言い聞かせつつ、「禁欲」した気になっていた。