愚直とアイロニー:『スクールウォーズ』を観る

 STCPさまにリンクしていただきましたようで、猛烈に足跡が増えてござる。となるとやはりバカじゃね?とか思われるようなものを書かないときがすまなくなる。おりしも昨日朝方までかかって『スクールウォーズ』の映画を観た。こりゃあ書かなくちゃと思った。熱くて泣いちゃったよぉ〜とかさ。わら。観ながら、北田本にあったアイロニーじゃなくなって、ナイーブになっちゃったんじゃなくてアイロニーを洗練させたからナイーブになっちまったということと、もう一つ上野構築本にあった「存在の金切り声」という表現を思い出していた。もう一つ、井筒和幸監督ならこの映画をどのように撮ったのだろうかということも、頭をかすめた。
 照英が雄叫びをあげてキングコングのように仁王立ちしているポスターは、なかなかインパクトがある。「熱さ」と「暑苦しさ」のせめぎあいが、どのような感情の化学を計算してのものか、観てみたいものだと思っていた映画だ。私は、神経症で不安むくむくな青少年時代をおくったから、スポーツ中継の映像は癒しの時間を与えてくれるものであり、高校ラグビーもかかさずみていたし、伏見工業の試合ももちろん観たし、鬼瓦のような監督がちょっとすましてブレザーを着ていて、でもってバカみたいにまっすぐで、泣いていたのは鮮明な記憶としてある。「できそこない」と教師という構図は、自分が「できそこない」だったこともあり、あまり気分のよいものではないし、単純な更正のドラマにはシラケることが多いのだけれども、山口という監督の情熱と哲学と、そしてなにより技術、知識はすごいと思っていた。テレビドラマにモチーフを与え、プロジェクトXでも採りあげられた、あまりに有名な実話をどうみせるのか。臭味をどう抜くのか。アイロニーのまなざしで、ビデオを見始めた。
 日本代表という立身出世のドラマトゥルギー、更正というプチ立身出世のドラマトゥルギー、教育のお説教臭さみたいなものが、「臭味」を醸すことは、わかりきった話である。でまあ、いろんな工夫をすることになる。浦沢直樹は、『YAWARA』を書いたときに、ギャグっぽく描いただけでなかみは巨人の星なものと言い切っていた。『ごくせん』も同じようなものかね。愚直好きには、バカだけど熱いとかなるだろうし、ギャグ好きにはくさいけど笑えるみたいなことになるのかな。ほどよいところで妥協して、それぞれに楽しめればイイジャンみたいなのは、一つの落としどころになる。みんなそんな風に蕭然と生きている。教育でも、恋愛でも、なんでもいいけど、めんどくせーことで、人間生きているわけでもない。とすれば頭でっかちな椰子らが、粘着にアイロニーって、すげぇ真実を求める無様なくらい熱い態度ということになるよなぁ。たしかに。
 しかし、この映画の覚悟は、ギャグは使わないんだな。とほほもあることにはあるけど、笑えるくらいびゅんびゅん直球のし!腹の底から放出されるエネルギーをたたきつけるようなラグビーの雄叫び、そのエランビタールをまっすぐに叩きつけるべし!それが基本であって、あとはまっすぐでも、ひねくれていても、おちゃらけていても、やんちゃでも、弱虫でも、へなちょこでも、関係ねーよみたいな。ガチンコセメントにぶつかって、殴って、叫んでさ。全日本あがりのラガーマン監督は、なんにもわかっちゃいなかった。「ワンフォーオール。オールフォーワン」。ぶざまな説教は、やんちゃな学生には届かない。しかし、それがさまざまな出来事を通じて、根をもったリアルとして、輝きはじめる。臭いドラマも満載で、最後は「その後のラガーマン」なども、わざわざテロップつきで描かれる。1人は病気で氏ぬ。葬式シーンも大サービス。まあしかし、たぶん撮った人は、そんなことはどうでもよくなっていたとおもう。随所に雄叫びが効果的に使われていて、それが伏線となり、化学反応が連鎖する仕掛けになっているように思った。で、「ワンフォーオール、オールフォーワン」と、腹のそこからの雄叫びと、バカみたいに単純な教育哲学とが、「手作り弁当を渇望する金切り声」としてすべてが純化され、鮮明なイメージとして炸裂する。
 八坂の信吾親子−−寛平ちゃんと小林且弥−−の情景が、太い心棒になって、重厚な残像を残す。いろんな要請もあるのだろうし、意見もあるのだろう。だからかもしれないけど、手法的にも、エピソード的にも、なんかとっ散らかったカンジがしないこともない。それを一応力業でまとめあげますたってカンジでしょうか。やっぱ泣きたい人の要請にも応えなきゃいけないだろうしね。「熱くなれ」の大黒摩季が「ヒーロー」を歌う。これを作品中に入れなかったことが、もっとも雄弁に何かを語っているような気がした。
 内田朝陽、尾上寛之、SAYAKA、宮川花子などのキャストもなかなか面白かったが、りちゃほをみているせいか、中川家が特に印象に残った。りちゃほでは、いまひとつといわれている中川家兄剛も、なんか北田暁大眼鏡みたいなのをかけて、好演している。まあでも、もっとも強烈なインパクトを残したのは、寛平ちゃんだと思う。素なのか演技なのかわかんないけど、存在感がすごすぎ。あと、ラグビーボール、ユニフォーム、シューズ、弁当などの、小道具の醸すイメージも鮮烈であった。
 問題は愚直かアイロニーかではないんだろう。ストンと着地して、人に説教したり、皮肉ったりしながら、そこに自足して、止まってしまうことが無様なのだろう。どんなんであっても、奥へ奥へと問題を深めるような、ことが重要なのだろう。しかし、それも「言葉にすればウソに染まる」、ダンシングオールナイト♪(もんたよしのり)。わら。しかし、耐え難いと言う人も多いと思うよ。馬路萌えな人も少なくないとは思うけどさ。