「当事者」の語り

 北田本にナンシー関のことが書いてあり、ちょっと見たくなって書店に行った。実はナンシーの単行書は一冊も持っていない。手持ちですぐにナンシーの言説に触れることができるのは『クイアジャパン 魅惑のブス』一冊なのだ。あとは、『週刊文春』その他でぺらぺらと見ていたくらいかな。一番印象残っているのは、桃井かおりについて、前からずーッとゆおうと思っていたけど、とりあえずゆわないでいて、何年来の思いをここに至り遂にタイミングと思いぶちまけるわけだけど、「ふつーのしゃべり方をしる」って椰子だ。そんなふうに読んで、ニャハっとひと笑いで、問題を深めようとしないからろくなものが書けないんだろうなぁと思いつつ、立ち読みしてみたらなかなか面白かったが、とりあえずは購入見送り。全巻熟読し、語りをマスターして、ナンシー関に女装してテレビ出演売り込んだらとか、頭の回転追いつかないならナンシーズとかゆうナンシー仕様コスプレ軍団つくって出ろとか、あほなことをゆい、面白がったむかつく元学生がおりましたが、一瞬の面白さのために、そんなリスクを誰がおかすものか。リスクというよりは、そんなことしたら学内外の多くの良識ある友人を失うことになるじゃないか。笑えりゃいいってもんじゃねぇんだぜ。あったく。
 その次に、貴戸理恵不登校は終わらない』の書評を上野千鶴子が書いているということで、『週刊現代』を見に行く。古いのが撤収されていなければ見れると思ったら、はたして見れた。カチンコチン「当事者」論からの書評ということかと思ったら、面白い膨らませ方が、ちうか何冊かの本とともに紹介されていた。夭逝した保苅実が、アボリジニーの生き方について書いている『ラディカル・オーラル・ヒストリー』がまず最初に。「歴史の書き直し」というラディカルな試行がそこに読み取られている。近代人の間尺にあわないあれやこれやも、除外することなく、ひたすらに描いてゆく学問的営為は、中野卓の生活史研究における岡山水島のおばあちゃんの調査と対比される。そのおばあちゃんは、工場立地に反対した人だけど、住民運動とか、革新運動に使えるって視点からだけではなく、鎮守の森がなくなるのはやだ!というようなことがあり、そのやだ!空広がる意味世界がひたすらに描かれることで、浮かび上がる世界を描いてゆくことの大事さが強調され、そして中野門下の桜井厚『境界文化のライフストーリー』の話となる。長いことかかってできあがった調査ノートが公開を拒まれることもあるというようなシビアな話を交え、生活史を描くことの意義や困難、責任や倫理が示される。でもって不登校の話に移ってゆく。
 自分のところの学生が摂食障害の論文を書いているときにこの本は出版された。レビューとフィールドノートのつなげ方をどうするか、その中で野太い観点をどのように提示するか、ナドナド、聞き取りの書き起こしを手に悩んでいた院生にこの本を紹介するかずいぶん迷った。自分で見つけて読むくらいなら何も言うまいとも思っていた。病理か選択か,この二項対立は「非当事者」の語りである。だから「当事者」の語りを通して描きなおされなければならないものがある。帯に書かれた論旨は、おそらく摂食障害修士論文にも有益な示唆を与えただろう。うちの院生の論旨は、自立(浅野千恵氏の立論をこう括った)か自覚(加藤まどか氏の立論をこう括った)かという二項対立にレビューを整理し、それを超えるところに論を展開しようとしていた。このレビューも単純化しすぎたきらいもあるが、方法的には話してくれた人たちのことばを丁寧に記述することに終始した。「分析的でない」という評価は、20年ちょっと前に中野氏の仕事になされた同様の評価と同じくらい無理解なものだとは思うが、「書き直し」だとかいった方法的な論理がそこには希薄で、多少なりとも耽溺したことは否めない。まあしかし、11月になって「当事者」を用いた理論構成見せられても萎えるだろうし、自粛した次第。まあ視点の構成以上にうちの院生の論文は、記述の分厚さにも欠けていたといえるように思う。それでも、自分が指導した修士論文の中ではなかなかのものではあるのだが。
 増田さんの本、北田さんの本、そしてこの本新学期を前にするとどんどんテキスト候補ができる。だけど、一回一冊などというとみんなにぶぅぶぅ言われて、腐りやすい性格からもーいーやとか思ってしまうことも多い。それじゃだめなんだろうけど。一階数冊読んでくることを前提に、質問攻めにするような教案を準備し、論争的に授業を進めることで、ゼミもなにもかも研究に直結したものになるような気もする。毎年度末そんな妄想に悩まされる。
 最近のお客様から。「馬鹿は風邪ひかない」。俺のことだな。余計なお世話だYO!「修士論文+面接」。厳しいよ。私の学生だった頃は、希望すれば見学可能だった。見に行く人はほとんどいなかったが。あと意味ありげな足跡もけっこうある。クリックすると面白いものが見れることも多い。あれも一種のトラックバックだろうね。